日記(1999年11月1日〜)

 日記を書くという柄ではないのですが,”若気のぼやき”のページに,”昔の自分は自分ではない”と書いたように,最近ホントに物忘れがひどくなりまして...^^;,やってきたこと(公開できる範囲)を記述するようにしました.というわけで,ほかの人たちのために書いているわけではありません. 最新版はこちら

とうとう名古屋生活4年目突入.何も公私とも進歩のないさまにあきれる1月
#論文書かなきゃ,論文・・・

1999 [11][12]
2000 [1][2][3]...[7][8][9].[11][12]
2001 [1][2][3]..[6][7][8][9].[11] [12]
2002 [1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12(なし)]
2003 [1]


1月19日(

 センター試験2日目.今日は国語・理科1・理科2・公民.国語は時間つぶしにはいいよね:-).ジロジロとカンニングしていないかを見る趣味はないので(とはいえ,寝るわけにはいかないでしょ...^^;).さすがに趣のある文章が現代文には選ばれているけど,きっと問いに答えるのにいっぱいで味わって読んではいないんだろーなー <-- 当たり前だ.理科は純粋に楽しめた.気象の問題が多くなっていて,まさかコリオリ力やら傾圧不安定やらエルニーニョやら.また衛星気象学研究室としては衛星が出てくる,というのは単純にうれしい(地学).しかし,試験問題に出ている,ということは高校で教えているのね.その割には非常勤で教えているときに,“先生!それ高校でやりました!”という意見がないのは何故だろう・・・.#可視光やら紫外線やら赤外線もバシバシ出ていたぞ :-).でどれだけ地学を洗濯してるかを見て回ったら,理科2を選択していた23/40人中,たった1名...~~;.でも本来は基礎物理が分かって上でやると深みが増すもので,上田先生と休憩時間中に話していた内容だが,“コリオリにしても傾圧不安定にしても,本来は流体力学からちゃんと教えていかないと分からない話”ということで,やっぱり,高校は上澄みのみを“知識として教える”ところになってしまっている,に落ち着いてしまう.それでいいのだろうか?さらに最近は高校にまで授業が選択制になってしまい,やっていない教科が増えすぎている.#そういう点では僕の母校は良かったのかも(小金高校@松戸市;巷では4年生高校といわれる[外見では]進学校.実体は隣接する小金中学の不良にカツアゲされるような高校だった...~~;.僕の居た頃は制服だったが,私服に変更したらしい.今はどうか分からないが,当時は左な高校.“受験のための授業はしない”というポリシーがあったらしい [おかげでみんな内職しまくり].遅刻・欠席には異様に寛容な高校).うーん.ともあれセンター試験完了.応援するような発言は試験期間中出来ないが,全部終わったとき,回答シート回収の際に,全員に“お疲れさま”と言いながら回収.だって,お疲れでしょう.受験者も監督者も :-).
 なにはともあれ,明和高校16試験場でセンター試験を受けた40名,後一月,がんばってね!
#総合理科の問題で,温室効果ガスは“フロンガス”というのがあったけど(消去法でいくとそれしかない),厳密にいうと間違いだよね.僕はそう教えているけど.地学と総合理科で,両方で温室効果を出すのも,“他にネタないんかい!”と突っ込んでしまった :-)



1月18日(土)

 センター試験1日目.何で書くかは要は試験監督だったってこと.英語・歴史地理・数学@・数学A.試験の際に受験者数+2部配られるので,試験器時間中に全ての問題に目を通してみた.ふーん.13年ぶりに見たけど大夫忘れてるなー...^^;.これは試験監督にもちゃんと勉強しろ!ということか?試験監督はうちのセンターの上田先生とコンビ.しっかし,高校の机ってあんなに小さかったんだ.また,あの堅そうないすにずっと座って試験を受けれるだけのおしりの筋肉(脂肪?)はとにかく羨ましかった.担当教室は毎回同じなので,だんだん感情移入してくる(ここにいる40人はちゃんと大学に受かってほしいなー,とか).試験監督終了後,同じく試験監督だった檜山さんと夕食.檜山さん曰く“試験での集中力も確かにそうだけど,何はともあれ,試験時間中のピンと張りつめた静かな空気が羨ましい :-)”.仰るとおり.何かやろうとすると,電話だなんだで・・・(以下自粛).


1月17日(金)

 今日も寝坊.ダメだなこりゃ.午前は事務処理.いろんな仕事が割り振られる訳で,その対処に追われるってわけ.昼食後,石田さん@弘前大 1st authorのフラックス野郎2001の比較観測論文のリバイズ原稿をチェック(今週中に再投稿とのことなので,仕事の優先順位はこっち).僕の書いた図に間違いがあることを今更に発見(降水量と土壌水分量の挙動が合わない.降水量のX軸の設定が微妙に間違っていた).慌てて作り直して石田さんへメール転送.文章も再チェックして2点だけ修正項を送る.その間に気象研究室の野村君が並列計算機の設定で相談に来る.前に同じようなことがあったことを思い出し説明.まだ完全稼働では無かったようで.でその後,CReSSが動いたといううれしいメールが来て一安心.ご褒美に並列計算機に付いていたLCDをやすい15inch CRTに変更して,野村くんに使ってもらうことにした.で,その後広瀬君の2本目の論文をチェックしている最中に梶川君@筑波大来襲.3月からこっち(HyARC)に来るそうだ.しっかし,つくばからこっちにはアホばっか来るな(含む自分).馬鹿話をした後,彼は今日帰るようで(どこに帰るんだか :-),お別れ.広瀬君の論文を読んで今日は店じまい.

[今日の出勤時間 11:10 [HyARC出勤 <-いいんでしょうか?] -> 20:30 [出て行く時間(予)];研究時間... 自分が3rd authorの論文チェックは研究時間?なら2時間.+学生の論文読みも研究時間とカウントするなら+2時間]

1月16日(木)

案の定,寝坊.しかもちょっと悔しいのが篠田さんよりくるのが遅かったこと....^^;.というわけで,篠田さんと昼ご飯を食べに行き,檜山研ゼミの前に,来年度前期に行う非常勤(檜山さんのピンチヒッター)のシラバスを書き提出.で,1時半から檜山研ゼミ.発表は佐藤さん.M1の大事な時期(方向性を決める時期)なので,いちいち質問するという意地悪なことをする.でもここで適当にこっちから何でも言ってしまうと後で悲劇になるのでとにかく本人が頭悩ませてたたき台を出さないと.部屋に戻ったあと,並列計算機が不調なのでおもりに行く.いろいろやったけど,ダメ....~~;.まだ本格運用はしていないので,面倒になってやっぱりOSからの再インストール....^^;.結局,スキルは上がらないけど,時間の節約はこれがもっとも効果的.で,時間がかかるのでほっぽって,中村先生のNASDAの予算書書き(修正).NCEP2の値段を初木君に聞く.6時からHyARC計画研究コンペ.内部でコンペをして,そこで採用されたものが来年度の計画研究応募課題となる.17:30頃終了.並列計算機もOSのinstallが完了し,もう一回SCore 5.2をinstallし,eitでslave3台インストール.これはあっさり行くのはわかっているので,その後nfs mount 用にマスターの/etc/exports,各slaveのマウント場所にたいしmkdirしてすべてnfsマウントがうまくいったことを確認.外からも通信できるようになる(最初できなくて首ひねったが,簡易firewallのbbsの設定(前回はPCに接続していたが,今回はhubに接続.スイッチを切り替えるだけ.ありがちなミス)になって一安心.一応scoutもuser levelでも動いているのでこれでたぶん大丈夫.ようやく解放される・・・

[今日の出勤時間 10:40 [出勤時] -> 23:00 [出て行く時間(実際);HyARC計画研究コンペで晩飯食いに帰るタイミング逸す~~;.研究時間 ゼロ!]

1月15日(水)

おいおい,あっという間に10日経過しているぞ・・・・.非常勤の講義は今日で終了.晩飯を家で食べてそれから出直す習慣もだいぶついてきた(つまり,夕食後は研究の時間ってこと).しっかし,年が明けてもなし崩し的な仕事が多いな・・・.一番嫌いなタイプの仕事だというのに(以下自粛).年明けから,一日なんだかんだで3-4時間の研究時間を確保する,というのは今のところまあまま続いているようでいつまで続くのやら <-- 続けないと!研究はローテクなエアロゾンデデータの分離および図書き.パッと出した図がホントかどうかを確認するために,各フライトパス毎に緯度経度飛行路を書いたり,ちゃんと各高度を飛んでいるか高度断面書いたり,です.研究とは言えないかなぁ・・・
 

[久しぶり!今日の出勤時間 08:15 [非常勤] -> 18:00 [一旦帰宅],17:20 [再出勤],23:30帰宅(予).研究時間 3.5時間程度]


1月5日(

 いろいろ紆余曲折した後でようやく再インストール完了(SCSI HDD+IDE RAID な環境.IDE HDDは直にはつながっていない).ずいぶん前にwin2k入れたのに,そういえばそのときも苦労したようなしなかったような・・・(鳥並の頭).いろいろ雑務をやってようやく年を越せたような気がしてきた(注:すでに5日経過しています.年明けから既に押されまくっています).あっ,本題が何もやっていない!!で現実逃避の日記を家で打つっと・・・



1月4日(土)

 いろいろやって,ほとんどのファイルを新PCへ転送終了.一つ読めないのがあったが,まあ,この手のことはありがちなので良しとしよう[昨日の夜].さすがにP4 2.5GHz +XPは快適快適(すぐになれてしまうのでしょうな.早くhyper-threading 対応P4が安くなってほしいモノだ(M/Bは当然対応のモノを購入.いやっ,実は2枚・・・.いろいろあったんですよ,年末に・・・).で旧PCを学生共用windowsにすべく再インストールするための小物を買いに行くために大須へ行くも栄・大須へ向かう車の列に巻き込まれ,家から1時間もかかってしもうた.アホや.



1月3日(金)

 古いPCから新しいPCへの環境移行の続き(年越しだったりする・・・).ファイル共有でお互いが見えないのがいらいらする!で,Linuxにftp転送して戻す作業をしていたが,ここにも1 file 2GBの壁が・・・.proftpd が64bit用にコンパイルされていなかったのね.とりあえず新PCの方にアプリケーションを入れまくる.で,旧PCの方ではtarしてgzip (or bzip2)したファイルで2GBを越えたものをチェックしてさらにbzip2をかけてみる.これが全く終わりそうもないので帰る
[今日のLinux]
 2GB越えできたコマンド群(tar, gzip, bzip2, dd, cat等の基本ファイル操作系はOK!),デーモン系は実はだめそう(proftpd, OpenSSL等々).まあ,その気になってどっちもソースからコンパイルすれはいけることは分かってきたので良いのですが,完全対応,と言うわけではないですね.自作プログラムも当然ダメです.自明的にoptionをつけないといけないです.


1月2日(木)

 親戚の家によって,そのまま名古屋へ.高速は渋滞が続いて夜に名古屋に戻る.