環境リモートセンシング(Ⅱ) 環境問題の現場から

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 環境の理解は複雑な関係性を紐解くことでもありす。答えは一つではないし、関係性を短文で説明することも困難です。自分で調べる姿勢を醸成し、それでも解らなかったら教員に質問してください。

1 環境リモートセンシングは環境“の(ための)”リモートセンシングです。環境問題を認識し、理解し、解決を導くためには、“現場”を知らなければなりません。

また、リモートセンシングだけで問題を解決することはできません。様々な分野やステークホルダー(関与者)と協働し、“問題の解決”という目標を共有しなければなりません(研究では問題は共有しますが、解決を共有することは稀です)。
2 環境とは何か。単なる周囲や自然ではなく、人間(および生態系)と相互作用する外界なのです。だから、環境問題とは人と自然の関係性に係わる問題といえるでしょう。
3 "環境科学"という語には歴史があります。その登場は日本の公害問題を契機にして発足した国立公害研究所(現国立環境研究所)でした。

環境科学は政策提言までもその目的に含みます。基礎をやっていれば、自分(研究者)ではない誰かが社会に役立てるわけではないのです。

一方、"環境学"は最近登場してきた語で、まだ体系はないと思います。でも、一番近い学問が地理学だと考えています。
4 ここは大人の事情がありますが、環境は様々な意味で使われるようになってしまいました。日本語の悲劇といって良いかも知れません。

人と自然の関係性を追求する学問が環境学ではないでしょうか。
5 現場を知るということは、特定地域の人と自然の関係性を知るということです。問題とは、それが地球環境問題であっても、地域性(地域の特徴)により、地域固有の問題として現れます。

地域は固有の“環境”を持ち(多様性、関連性、空間性、歴史性で記述できる)、地域と地域は様々な関係性で繋がっています。この関係性を環境社会学ではリンクと呼んでいます。

リンクは物理的なリンクだけではありません。宗教リンク、民族リンク、経済リンク、等々様々なリンクがありますが、現代社会では資本主義を通じたリンクが重要です。
6 2007~2008年は第3次オイルショックとも呼ばれている石油価格の高騰が起きた年でした。その時、ケニアではアメリカ製の肥料が値上がりし、大統領選挙の混乱もあり、前年のトウモロコシの種まきができず、食糧不足が起きました。

なぜ、アメリカ製の肥料を使うのか、なぜ化学肥料を使わなければならないのか。そこには市場経済を通じた国際的なバイオ企業の戦略がありました。
7 2008年の記事に先立ち、2007年12月9日の朝日新聞に「変わるアフリカ-脱貧困へ食糧増産」という記事がありました。これで事情が理解できました。

右の写真は1992年にタンザニアで撮影した雨季初期のトウモロコシ畑です。農民は鉄の棒で地面に穴を開け、種を蒔くのですが、その種は多様な形をしていました。在来のトウモロコシの種にはその年の雨の状況に応じて発芽する多様な種子が混ざっていました。

しかし、種と肥料を西欧の企業から購入することで、農民がグローバルな貨幣経済に取り込まれ、その機能不全により食糧安全保障が脅かされる事態が発生しました。

アメリカとケニアが経済リンクで結ばれ、石油価格の高騰がケニアの食糧供給を脅かしたということです。
8 高収量品種と化学肥料の投入、灌漑排水設備の整備による収量の増加は「緑の革命」と呼ばれ、食糧増産は増え続ける人口を養うことが可能となりました。

しかし、その功罪についてはヴァンダナ・シバさんが著した「緑の革命とその暴力」で記述されています。同じようなことは世界各地で起きました。

食糧増産と、小農(家族農業)の没落。さて、この二つの関係をあなたはどのように考えますか。2019~2028年は国連が定めた「国際家族農業の10年」です。その背景を調べてみてください。
9 緑の革命による農業の変化は長年観測を続けている衛星データから知ることができます。

左は米の乾季作が増えてることを示しています。もともと雨季しか米作はできませんでしたが(中央に浮稲の写真)、灌漑排水設備により乾季にも米がとれるようになりました。

ベトナムのメコンデルタでは、雨季を避けた二期作が増えていることがわかります。最近では三期作も増えています。

リモートセンシングで見えたことが何を意味するのか。それを知ろうとする営みが“環境リモートセンシング”研究です。
10 食糧生産の営みも市場経済(資本主義といった方が良いかも知れない)の波に揉まれています。グローバルな市場経済は人間にとって温かいか、冷たいか。

モンサント社のGM(遺伝子組み換え)種子訴訟はWEBで調べることができます。直ちに調べよう。

日本では種子法廃止、種苗法改正が決まっています。これは何を意味しているのか。調べてみよう。それは君たちがどのような世界で生きたいのか、ということとも関連します。
11 ブラジルでは森林の畑への転換が進んでいます。海辺では穀物メジャーがブラジル政府の指示に従わず、穀物ターミナルを建設しました。しかし、ブラジル政府はターミナルへの取り付け道路の建設を許可しませんでした。

世界的な大豆需要の増加、安いところで生産し、高いところで売る、というのがビジネス。その背景で何が起きているのか。
12 インドネシア、スマトラ島の1990年と2000年のランドサット衛星による画像です。熱帯雨林に矩形のパターンができました。恐らくアブラヤシのプランテーションだと思われます。

パームオイルと私たちの暮らしの関係について調べてみよう。朝食で食べたマーガリン、様々な工業原料、...

一方で、アブラヤシ農園は地域で暮らす人々の生活の糧にもなっています。でも、生態系はどうなるか、先住民の暮らしはどうなるのか。考えてみよう。
13 インドでは90年代半ばに植物性油脂を関税化しました。少しずつ関税を下げて、世界に市場を開放するということ。インドは植物性油脂の消費国ですから(中国も)、安く作れるところで生産し、インドに輸出すれば...どうなる?

中国は0年代半ばに大豆を関税化しました。ブラジルの海岸近くで大豆を生産すれば中国に輸出できます。牧場を大豆畑に変換すれば、牧場はさらに内陸へ...

もちろん、そんな単純な話ではありませんが、この関係性を少しずつ解いていくことが環境問題を理解するということです。
14 問題に直面したら、どうしたら良いか。この図は鳥越皓之先生の教科書「環境社会学」から引用した図です。

矩形の枠が解くべき問題だとします。その中で科学の守備範囲は一つの丸に過ぎないかも知れません。しかし、そのほかの丸、それは政治、行政、教育、企業活動、といったいろいろなステークホルダーの守備範囲を意味しますが、それらが協働することによって、四角を埋めることができるかも知れません。

その心がSDGsの目標17.パートナーシップといえるでしょう。フューチャー・アースでは超学際(transdisciplinaity)を重要な課題解決のための方法と考えています。
15 "社会のための学術"を実現し、地球環境問題を解決するために2015年に国際共同研究プログラムであるFuture Earthが発足しました。その方法論が超学際(Transdisciplinaruty)です。

問題解決には学際では不十分である。様々なステークホルダー(関与者)が協働して問題の解決を導くためには文理融合がまず必要で、その頂点には価値、倫理、哲学があります。ここに踏み込まないと市民との協働はなしえないでしょう。

科学者は論文さえ書けば、自分ではない誰かが、社会に役立てるわけではありません。科学者もステークホルダーの一人として問題解決の枠組みの中で"役に立つ必要"があるのです。
16 Future Earthについて調べてください。

超学際の考え方は科学者にはなかなか理解が難しい考え方かも知れません。でも、研究の達成が、社会の変革だとしたら、自ずから超学際の重要性は認識できるはずです。
17 環境を扱う科学者には理工系(A)と人社系(B)がいます。両者はなかなか交わらないのですが、それは自然観、世界観、あるいは人間観の違いにあるのではないか。

Aさんは未来を重視する。しかし、現在が疎かになる。Bさんは現実の問題を解こうとする。問題の解決の先に未来を展望しようとする。あなたはどっち。本当は両方の視点を持つ必要があるのです。

21世紀の社会を創る君たちの世代では、両者の違いを乗り越えて、安全安心な社会、無事(事も無し)な社会を築いてほしいと思います。もちろん、シニアも頑張ります。
18 少し古くなってしまいましたが、アル・ゴアの「不都合な真実」には地球温暖化に伴い土地を追われるサンゴ礁の島嶼国の話が出てきます。

しかし、現実には人口増加、都市化、排水問題、ゴミ問題、出稼ぎ問題、等々様々な眼前の問題があります。何からどのように取り組んだら良いのでしょうか。
19 ツバルの人口は増加を続けており、そのおよそ半分は首都であるフナフチに住んでいます。

人が集まるため、もとはラグーンであった場所も宅地が建設されています。有名な水没する家もラグーンだったところにあります。

大潮の時だけ、観光客や報道関係者が集まり、写真を撮って行くそうです。環境問題とは何でしょうか。その本質は何か、見極める視点を大学で身につけてください。
20 未来と現在の関係の理解、認識は重要です。

地球温暖化が危機を引き起こす。だから地球温暖化防止というのはわかりやすい。でも、危機って何だろうか。現実世界では何が起きているのだろうか。

地球温暖化の現状やメカニズムが解ったら(論文を書いたら)、自分(科学者)ではない、誰か(市民、行政、政治家?)が社会のために役立ててくれるのだろか。
21 具体的な危機から、その要因を考えてみましょう。すると様々な要因が浮かび上がります。地球温暖化はたくさんの要因の中で相対化されます。

例えば、超過降雨(かつて経験したことが無いような豪雨)によって洪水が引き起こされるとする。では、水害になるのはなぜか。なぜ河川の縁まで人の暮らしや活動があるのか。川の性質って何だったっけ?水害にならないためにはどうすれば良いのか。考えてください。

未来について考える時は、歴史の流れの中で現在がどのような時なのか、考えてください。現在の状況は未来永劫に続くのか、変わらないことが幸せなのか、変わらないためにはどんなコストを払っているのか。
22 エネルギーの話をしましょう。オイルピーク仮説です。

実は、オイルピークはある事情のために、まだやってきてはいません。しかし、近い将来にピークを迎えることは確実ですので、ここではオイルピークが過ぎたとして話を進めます。

石油は油田が発見されなければ生産することはできません。
23 油田の発見量のピークは1960年代でした。

それ以降、発見量は減り続けていますが、生産量は増え続けています。それが意味することは、やがて「高く乏しい石油時代が来る」ということです。
24 エネルギーの質はEPR(エネルギー収支比)で表すことができます。

EPRは1以上でないと意味は無いわけです。少しの投入で、たくさん得られるエネルギー。そんな都合の良いエネルギーはあるのでしょうか。

エネルギーの評価にはEPR以外にも、再生可能かどうか、輸送のコストがかかるかどうか、といった観点も必要です。また、遠くで作って消費地まで運ぶのが良いのか、地産地消が良いのか、それはどのような社会のあり方を前提としているのか、考えることはたくさんあります。
25 では、EPRに注目すると各種のエネルギーのEPRはどうなっているでしょうか。

巨大油田のEPRが高いのですが、ほとんど中東にあり、しかも開発年度が古く、汲み上げにもコストがかかるようになっています。

原子力のEPRも福島の原発事故以降、大幅に下がっているといえます。福島については別に語りたいと思います。

この資料を作成してから大分時間が経ちましたが、パリ協定を経て、世界の事情は大きく変わっていますが、あなたは現状をどのように評価しますか。世界はどんどん変わっています。
26 石油はどこにあるのでしょうか。それは地球の歴史と関係しています。

古生代末期から第三紀の頃まで低緯度に存在した浅い海、テチス海(古い人間はテーチス海でなじんでいます)に堆積した有機物が石油の原料だったわけです。

その中心部は現在の中東です。となると、巨大油田は世界のどこにでも存在するわけではないということがわかります。
27 石油価格が高くなると開発可能になる、コストがペイする資源が出てきます。

その一つがシェールオイルです。これによりアメリカは再び世界最大の産油国になりました。国家財政を石油に依存する中東諸国家にとって原油価格の低迷は死活問題です。アメリカと中東の石油価格を巡る戦いは今も続けられています。

シェールオイルが利用できることは人間社会にとって良いことでしょうか。ここで様々な関係性を見つけてください。例えば、我々の好きなチューインガム、アイスクリームとシェールオイルの関係。その間にインドのグアー豆栽培農家がいます。調べてみよう。
28 カナダではオイルサンドから石油を生産しています。砂層に石油が含まれているのですが、それを取り出すためには水とエネルギーが必要です。GooleEarthでAthabasca Oil Sandsを探してみよう。

そういえば、90年頃カナダ大使館に招待された事がありました。カナダ産の牛肉をたっぷりごちそうになりましたが、それはサンドオイルのプロモーションでした。

当時はエネルギーについて様々な関係性の中で考えること、変化する世界の中に位置づけて考えることができませんでした。若かった時代の思い出です。
29 砂層や頁岩(シェール)からの石油の抽出技術や天然ガスの利用等により、石油生産量のピークは少し先延ばしになったようですが、私たちは石油ピークを注視していく必要があります。

一方、石油生産量が減退すると、二酸化炭素の放出量は減っていくはずです。これは気候変動に対しては緩和の効果があるはずです。

とはいえ、未来のことはわかりません。人間は高度なモデルによって未来を予測できたつもりになっていますが、初期条件、境界条件が変われば結果は変わります。人間がこの社会の有様をどれだけ正しく、詳しく認識できているかによってモデルの精度も変わってきますが、社会の有様がわかっていれば、未来は予見できるはずです。
30 現代の農業は皆さんが思っているより遙かに石油に依存していると考えられます。もし、石油が入ってこなくなったら、あるいは石油価格が高騰したら、食料生産に大きな影響を与えるでしょう。

皆さんが食べているものは、誰が、どこで、どのようにして生産されたものか、その利益はどのように分配されているのか、食料安全保障とは何か、あなたの暮らしのために、考えるべき事はたくさんあります。
31 かつてアメリカは大量の穀物在庫を持ち、世界の食糧安全保障の調整の役割を担っていました。しかし、クリントン政権の頃からアメリカの穀物在庫は低下を続けています。これは何を意味するでしょうか。

グローバル経済では、食糧が不足した地域には、食糧が余っている国から供給されるのでしょうか。そうありたいと思いますが、人間とはどういう存在なのでしょうか。

新型コロナ禍を経験しているところですが、良い面も悪い面も含めた人間の本質について考える良い機会です。人間観は国、民族によっても異なります。単に真似したり、批判したりするのでは無く、その背後にある考え方を調べて見ませんか。
32 2007~2008年は世界で食糧価格の高騰がありました。その原因は単なる食糧生産量の減退ではなく、複雑な要因が絡んでいました。調べてみよう。

その影響の一つが先に述べたケニアの食糧不足です。

この時、いくつかの国は穀物の禁輸措置、EUでは輸出税の付加が行われています。グローバルな市場では需給は自動的に調整されるわけではないということがあからさまになった出来事でした。皆さんはどう考えますか。日本の食糧安全保障は今後どうすれば良いのでしょうか。
33 世界の人口は増え続けています。一方、農業生産量も増え続けています。これで食糧については大丈夫でしょうか。

右下の図で一人あたりの穀物生産量に換算すると、実はそんなに増加していないことがわかります。

人口増加と同期して農業生産量は増え続けるのでしょうか。耕地拡大、それとも技術革新?
34 エネルギーと食糧の問題は密接に関係していることがわかりました。私たちの暮らしの中で、どんな関係性があるか、それが外の世界とどのように繋がっているか、考え続けてください。

そして、皆さんがこれから50年以上は暮らし続ける社会に対して、どのようにしたいのか、考え続けてください。

日本は良い国になりました。皆さんの安全・安心に係わることはすべて行政がやってくれます(警察、消防、医療、福祉、教育、...)。この状態は永遠に続くのでしょうか。自分ではない、誰かの仕事ですか。考えよう。
35 日本の食糧自給率は平成30年度で、カロリーベース37%です。なお、生産額ベースでは67%となっています。この数字の背後にある事情を探ってください。

皆さんが生まれる前の1993年は冷夏でした。米の生産が減退し、政府は外国産米を緊急輸入しました。それがジャポニカ米ではなくインディカ米であり、ジャポニカ米にインディカ米が抱き合わせで販売されました。インディカ米を嫌う方が廃棄するという事態が生じ、非常に悲しい気分になったものでした。
36 では、世界の食糧自給率はどうなっているでしょうか。図は少し古いので皆さんも自分で調べて見てください。農林水産省のホームページですぐにわかります。

世界の中で食料自給率が低いのは日本、韓国、台湾ですが共通点は何でしょうか。考えて見よう。
37 では、日本は食料自給率を上げることができるだろうか、上げる必要はあるのだろうか。グローバル市場の中で食料や工業製品の生産は分担すれば良いのでしょうか。考えてください。答えは一つではなく、創るものです。

【閑話休題2020】
新型コロナ禍で生業に大きな打撃を受けている方々がたくさんおりますが、何とかならないだろうかと切実に思います。
現在の経済システムでは価値を貨幣に変えて流通、蓄積させます。その時、暮らしの“必要”も貨幣に返還されます。必要部分は貨幣でないもので維持できないだろうか。例えば、農的世界では家、土地、管理機があれば必要を満たせます。必要を超える需要部分を貨幣で賄うことにより安定した暮らしが実現できるのではないか。農的世界はその一例であるように思います。
38 【閑話休題2020】
ここで紹介した吉田太郎さんの本を読んで、都市農業に目覚めました。土嚢袋によるジャガイモ栽培、プランターによる茄子、キュウリ、ピーマン栽培を試しました。その年の秋にはたくさんの収穫があり、大いに楽しむことができました。その後、親から小さな畑を譲り受け、毎年耕していますが、食べきれないほどの収穫があります。
哲学者の内山節は畑の少ない山村がなぜ続いてきたのかという問に対して、お裾分け経済の効果を述べています。各戸で野菜の栽培時期が少しずつ異なるので、大量に収穫できたらお裾分けする、他の家で採れたときはお裾分けを頂く。自給経済と交換経済は経済指標の計算には入りませんが、この二つを評価すると、以外と豊かな社会を発見できるのではないでしょうか。開発経済学では自給やお裾分け分を考慮する計算を“帰属計算”といいます。
39 環境は人と自然が関係する“周り”ですが、現代社会ではその範囲はグローバルに至ります。そこで起きている様々な事象の関係性の理解を試みることが、環境の理解に繋がります。

その内容は、物理だけではありません。政治、経済、民族、宗教、様々な観点から関係性を捉える必要があります。常に、複合的、包括的、総合的な視点を持つように心がけてほしいと思います。大学で是非身につけて頂きたい習慣です。

未来を創造するためにはリーダーシップが大切ですが、世の中には寅さんの様な調整型リーダー、スナフキンの様な英雄型リーダー、いろいろなタイプのリーダーがいます。日本の心、欧米の心、アジアの心、深層まで突っ込んで考えて、進むべき方向を指し示す態度も重要じゃないかなと思います。
40 エネルギー問題と食糧問題を通じて、関係性を発見することの重要性について述べてきました。しかし、関係性はまだまだたくさんあります。ここでは水問題について考えて見ましょう。

90年代後半には“20世紀には石油を巡って紛争が起きたが、21世紀は水を巡って紛争が起きるだろう”と言われ、水問題が大いに注目されました。

今はどうですか。水(資源)問題は気候変動の陰に隠れてしまっているようですが、その重要性は少しも小さくなっていません。ますます大きくなっているといえるでしょう。テレビ、ネット等を通じて伝わる状況と現実世界の関係について注目してください。
41 バーチャルウォーター(仮想水)とは、製品の形で流通する水で、私たちが半導体や穀物、肉など、水をたくさん使う製品、食品を入手することは、生産国における水問題に加担していることになるという言説があります。

ちょっと穿った見方をしてみましょう。この図は東大教授で有名な沖研究室で作成した畜産物と農作物の仮想水のフローです。日本にはアメリカとオーストラリアから大量の仮想水が流入しています。

アメリカとオーストラリアは自由主義経済の国です。経済活動、すなわち貨幣の増殖、のために農産物を輸出しており、決して日本が両国の農民を苦しめているわけではありません。
42 アメリカのハイプレーン地域(左の図)は半乾燥地域です(左下の図を参照)。広大な土地と、十分な日射があります。後は水さえあれば農産物の生産ができます。

中央の図は地域別の地下水揚水量です。大量の地下水を使うことによって、ハイプレーン地域は穀倉地帯となっています(右下の表参照)。

湿潤地域で農業が可能な地域は熱帯を除いてほぼ開発が終わっています。乾燥・半乾燥地域は地下水を利用する農業により世界の食を支えているという言い方もできます。
43 地下水はオガララ帯水層と呼ばれる中生代の砂層にあります。貯留量は莫大ですが、今の気候条件では地下水涵養はありません。よってオガララの地下水は“化石地下水”ともいえます。

1970年代に穀物生産量が増えていますが(上の図)、地下水の利用が可能になったからです。しかし、地下水位が低下したため、地下水利用が制限されます。だから、90年頃まで生産量が伸びていません。

90年代になるとセンターピボットと呼ばれる効率的な灌漑システムが普及します。それにより収益率の高いコーンの収量が増えるとともに、灌漑水量も増えてしまいました(中央の図の赤い矢印)。
44 高校の地理でも登場するセンターピボットの写真です。GoogleEarthでセンターピボットを探してください。乾燥地域のいたるところで見つけることができます。

サウジアラビアのリャド周辺でもたくさんの円形の圃場を見つけることができます。沙漠とはいえ地下水が存在します。しかし、多くが化石地下水であり、使用しているうちに地下水位低下、塩分濃度の増加といった現象が発生します。

サウジはかつては小麦の自給を達成したこともあります。今ではそれはあきらめて石油の収入に再び頼るようになりました。だから、現在繰り広げられているアメリカとの石油を巡る戦いはサウジにとって死活問題でもあります。
45 アメリカ、ハイプレーンでは地下水のオーバーユースはみんな知っています。今後の揚水コストの増大は穀物価格の上昇に繋がり、アメリカの穀物の国際的競争力の低下に繋がります。

そのため、様々な対策がとられています。それは効果を得ることができるでしょうか。
46 ハイプレーン地域における農業は経済活動としての農業です。経済活動を止めることは難しいのだろうなと思います。

では、どうしたらよいのか。答えはまだありません。科学は現在の状態を説明することはできます。しかし、対策は科学以外の諸分野、ステークホルダー(関与者)と協働で模索するしかありません。

それこそ、SDGsやFuture Earthの課題であり、答えが与えられるものではなく、地域ごとに考えていかなければなりません。あなたもそのプレイヤーのひとりです。
47 水問題は同様な背景のもとで、世界中で同時多発します。砂漠化と同じく、地球環境問題といっても良いでしょう。

中国新疆のトルファンは西遊記にも登場する高昌国のある盆地です。坎儿井(カンアルチン、カレーズ)と呼ばれる集水システムが有名です。天山山麓の扇状地の水を運び、オアシスを形成しています。

しかし、近年動力揚水による灌漑が行われるようになってから、地下水位が低下し、伝統的な灌漑システムが危機に瀕しています。
48 GoogleEarthでトルファンを探してください。テンシャン山脈の南麓に扇状地が広がっています。この扇状地の地下水を地下トンネルによって低地に運び、その末端には画像で緑に見えるオアシス集落が形成されています。

盆地中央にあるアイディン湖は排水河川を持たない内陸湖です。ここに集まった水は蒸発して大気に帰って行きます。天山の雪氷の長い旅がここで終わるのです。人はこの水循環を少し強化して、水を得て暮らしているわけです。

しかし、最近のGoogleEarthの画像で見ると、アイディン湖は干上がってしまっているようです。水循環の変化の背景には水利用の近代化があり、そこには人と人との悲しい営みが隠れています。
49 トルファンのカレーズ博物館で購入してきた本から引用した清朝末期の頃のトルファンの地図です。たくさんのカレーズが描かれており、人の暮らしを支えていたことがわかります。

お城がいくつか描かれていますが、その内の一つが高昌故城でしょう。ここを訪れたとき小学生位のウィグル人の少女が二人いました。日本語を流暢に使うので、どこで習ったのか聞いたら自分たちで勉強したとのこと。あの少女たちは今はどうしているだろうか。

図の下にはタリム川と「さまよえる湖」ロプノールが見えます。楼蘭の都があった場所です。
50 カレーズは自然の水循環を人が少し強化して、その分を使う持続可能な水利用システムでした。しかし、深井戸の掘削と、水中ポンプによる揚水は地下水位低下をもたらし、持続可能とはいえません。しかし、一回水源井を作ってしまうと水の管理は飛躍的に簡単かつ安全になります。

一方、右上の写真にあるように開水路による灌漑システムの建設も進んでいます。なぜそれが可能なのでしょうか。

二枚の地図は河川流量の増減を表しています(博士論文の成果です)。新疆では河川流量の増加が認められます。その増加は雪氷の融解水が起源だと考えられます。地球温暖化の影響かも知れません。
51 天山山脈にはたくさんの氷河がありますが、経年的に縮小を続けている氷河がたくさんあります。ウルムチ1号氷河は自動車で行ける氷河として有名ですが、縮小を続け、最近は二つの氷体にに分離してしまいました。

中緯度の山岳氷河では気温が0度を越えて上昇すると融解が始まります。これが下流の河川流量が増加している原因かも知れません。

トルファンの水資源は人間活動だけでなく、気候変動の影響を受けているといえそうです。もし氷河が融けてなくなってしまったら、下流の水資源は不安定なものになるでしょう。
52 いくつかの地域の環境問題について解説してきました。重要なことは、問題とはそれが地球温暖化のような全球スケールの現象だとしても、問題は地域の特徴に応じて、地域ごとに現れ方が異なるということです。

地域性を知ることで地域における対策を考えることができるようになります。どこでも適応できる普遍的な方法は恐らくないでしょう。普遍的なことはベースにあるもので、その上にある個別性を考慮してはじめて対策を決めることができるからです。

東日本大震災の時に聞きました。国はたくさんのメニューを出してくれるのだけれど、どれも使えないのだよな、と。霞ヶ関にいて、白地図を見ながら頭で考えるメニューは地域では機能しないことが多いわけです。新型コロナ禍ではどうでしょうか。
53 リモートセンシングの話をしましょう。リモートセンシングでは様々な地球の表情を見ることができます。しかし、見えただけでは問題の理解はできません。

21世紀に入り、様々な問題が顕在化してきています。見えたことの意味がわからなければ問題を見つけることもできないし、解決には及びもしません。

だから、協働が必要になってきたわけです。それがSDGsのPartnership、Future EarthのTransdisciplinarity(超学際)なのです。

20世紀型の科学から、21世紀型の科学へ意識を変革しよう。
54 「社会の中の科学、社会のための科学」はブダペスト宣言の4番目の項目です。環境という課題に対しては、環境問題の解決という役割が科学者にも付与されたと考えて良いでしょう。

そのために必要な資質が、地域を理解する力です。“地域”には場所の特徴、歴史、人間の有様すべてを含みます。

降水量が増えるという科学的成果があったとします。ではどうすれば良いのか。ある地域で川のそばに人が住むのはなぜか。どんあな土地利用計画が必要か。洪水の制御、土地利用の変更、社会の構造の変革、等々どんな対策をどんな時間、空間スケールで施したら良いのか。そこでは協働が不可欠になってきます。
55 中国の華北平原は90年代後半に何度も通いました。春に訪れると広大な小麦畑が広がり、秋に行くとどこまでいってもトウモロコシ畑が途切れませんでした。

華北平原は中国の穀倉地帯ですが、降水量は日本の1/3程度しかありません。灌漑のための地下水利用が水不足問題を引き起こしていました。
56 成田からほんの3時間ほどで北京に到着します。しかし、気候は大分日本とは異なります。

日本は湿潤地域であるが、華北平原は年間を通じて水不足がある半乾燥地域です。北京から高速道路に乗り、数時間走ると、そこはゴビ沙漠が広がります。

北京はゴビから飛んでくる黄砂により埃っぽい街です。中国の友人は、日本はなんて清潔な国なんだと驚きますが、それは豊富な雨が埃を洗い流してくれるからです。
57 1992年のリオサミットでは気候変動と生物多様性が重要な課題として対策が議論されました。1990年代後半には水不足問題が注目され、それは2002年のヨハネスブルク環境サミット(リオ+10)における水問題に関する議論へ繋がります。

そのきっかけの一つはアメリカのシンクタンクの主宰者であるレスター・ブラウン(1995)が著した「誰が中国を養うのか」でした。中国の経済発展による耕地の減少、水不足問題による減収により穀物輸入国になると世界の食糧安全保障が脅かされる。

現在はレスターが予言した通りにはなっていませんが、本の舞台となった華北平原は、様々な水問題の舞台でもありました。何が起きていて、どのように理解したら良いのでしょうか。
58 中国の耕地面積は減っているのでしょうか。河北師範大学の卒業論文から図を引用します。左上の穀物生産量はほぼ一貫して増加していることを示しています。一方、左下の図によると、耕地面積は一貫して減少しています。

これは農業技術も向上、灌漑システムの整備により単位面積あたりの収量が増加したことを意味しています。河北省は作付面積と生産量が減少していますが、北京と鄭州を結ぶ大動脈に位置しており、工業化が優先された地域に相当します。

一方、東北地方や西部の各省では作付け綿製や生産量が増えている地域もあります。これは中国の農業政策が反映されていると考えられます。
59 華北平原を衛星で見るとどのような状況でしょうか。撮影日は199年8月11日で、当時千葉大に設置されていた受信設備によって得られたNOAA衛星の画像です。画像の左下から中上にかけて黄河が東北方向に流下しています。地図で位置を確認してください。

8月ですので緑は一面のトウモロコシ畑であるはずです。しかし、平原の中には灰色の部分が存在しており、作物の分布が一様ではないことを意味しています。なぜでしょうか。

ところで、この年は干ばつで、地下水灌漑ができる農家のトウモロコシは人の背丈以上に生長していましたが、灌漑ができない農家のトウモロコシはよく育っていませんでした。黄河は“断流”状態で済南の近くで見た黄河の水流は痩せ細っていました。
60 左の画像は前のページの画像から作成した“植生指標”の画像です。白い(黒い)ところが植生(作物)の生育が活発(活発でない)なところです。右の図は平原の浅層地下水の塩分濃度です。

この二つの図は良く似ていると思いませんか。塩分濃度の高い地域では、植生指標が低くなっています。中央のカラー図はやはり干ばつ年であった1992年のトウモロコシの生産量分布ですが、植生指標の低い部分と、生産量の低い部分(赤)はよく一致しています。

生産量が多い(青い)地域は河北省の省都である石家荘の辺りです。
61 華北平原の浅層地下水の塩分濃度が高い地域は、後氷期(最近の1万年間)に渤海湾が埋め立てられる過程で残された海水と考えられたこともありました。そうだとすると、いずれ淡水になるはずです。さて、そうなるでしょうか。

この図は華北平原の地形分類図です。左縁の太行山地の山麓には扇状地が形成されていますが、北京や保定といった古い都市は扇状地の地下水を利用できる場所に建設されました。

平原の中には旧河道(黄色)が何本も走っていますが、これらは黄河の旧河道です。春秋戦国時代には黄河は天津付近で渤海に注いでいました。旧河道は周辺より若干標高が低くなっています。よって地下水が流出し、蒸発するときに塩分を残していきます。

扇状地の前面も地下水が湧出してくる場所で、蒸発により塩分が集積しやすくなります。
62 となると、浅層地下水の高い塩分濃度は現在の水循環の元で形成されていることになり、いずれ脱塩されるわけではないことがわかります。

衛星画像からは植生(作物)の状況がわかりますが、なぜ、そのような分布になるのか、ということは様々な情報を重ねることによってわかってきます。

このような複合的な観点による考察が、“環境リモートセンシング”の手法なのです。複合的な視点を持つこと、大学で身につけてほしい習慣です。
63 華北平原を例として、水問題と食糧問題の関連性について説明しました。もちろん、エネルギー問題も関係しています。農機具の燃料は石油ですし、地下水をくみ上げる水中ポンプは電気で動きます。この様な関係性は“ネクサス”と呼ばれ、現代の様々な問題を解き明かす重要な概念となっています。

右上の写真は小麦を灌漑する井戸の突出口です。この井戸は50年前は地下水面は地表面近くにありましたが、今では40m以上の深さになってしまいました。

かつての地下水の状況は、パール・バックの「大地」の第1巻、最初の情景を参照してください。
64 黄河は2000年頃まで渤海まで水が到達しない“断流”が頻繁に発生していました。華北平原を旅すると、現在は黄河から切り離された海河にも水がほとんどないことがわかります(最近はどうだろうか)。

それは太行山麓に建設されたダムが水をせき止めてしまうからです。でも1960年頃までは平原にも水はたくさんありました。天津から保定まで舟運があったそうです。

水は循環しています。その循環を人為的に強化して、増えた分だけ分け合って使えば持続可能です。独り占めすれば水不足が起こります。人間は経験から学んでくことができます。
65 中国では北緯32度の漢江の水を北緯40度の北京、天津まで運ぶ南水北調事業を完成させました。緯度差8度を自然流下だけで流す極めて高度な事業です。

なぜ、こんな距離を?それは56ページの地図を見るとよく解ります。中国の南は水が豊富、しかし北は水が少ないのです。

このような工学的手法の将来は?見守って行きましょう。
66 南水北調が必要な理由。北京は中国の首都ですが、深刻な水問題に直面しています、この図は北京の東西断面における地下水面図です。

経年的に低下していることがわかります。
67 もともと、北京の水道水源は密雲ダムと官庁ダムでした。北京に立地する工場を郊外に移転させたため、官庁ダムの汚染が進み、水道用水としては適さなくなってしまいました。

だから、南水北調が必要だったわけです。しかし、大都市郊外の農村では広域水道があるわけではありません。地区ごとに井戸を掘り、給水塔で各戸に配水しています。一方、地下水位は下がり続けている。

この問題は北京だけの問題ではありません。大きな河川のない、乾燥、半乾燥気候では世界で生じている問題です。地下水は貯留量が莫大ですので、まだ少しの間は何とかなるかも知れません。しかし、その後はどうなるでしょうか。今から考えておく必要があります。
68 環境問題や資源問題を解くためにはどうしたら良いか。一人あるいは一つの分野だけでは解くことはできません。いろいろな分野、ステークホルダーが協働し、問題の解決を共有することによって初めて解決の糸口が見つかるでしょう。

それは世界がすでに気づいています。SDGsのPartnersip、Future EarthのTransdisciplinarity(超学際)。これらを2030年に実現させることは君たちの使命でもあります。

自分の幸せのために、自分ではない誰かが行動してくれると思いますか。実は日本人はそんな国を創りあげてきたのです。でも、縮退の時代に入り、そんな状況から少し脱却しなければいけない、それが現在ではないでしょうか。
69 環境問題は複雑です。でも視野を広げれば見えてくるものがあります。

今から10数年ほど前、中国産冷凍餃子に農薬が混入した事件がありました。その背景には何があったのでしょうか。その頃、中国を訪問すると写真のような中国式温室をたくさん見ました。見かけは悪いかも知れませんが、効率が優れた温室で都市への野菜供給を担っていました。

日本でも都市は野菜の一大需要地ですので、中国で生産し、日本で販売するビジネスが盛んになりました。しかし、日本はポジティブリスト制により残留農薬に対する厳しい規制を行ったので、企業は一般ののかから野菜を購入しなくなりました。

農家は販売先を失い、企業的農場、加工工場へ働きに行かざるを得なくなりました。その結果、農家の不満が高まって...これは仮説です。様々な関係性を見つける能力を大学で身につけてください。その仮説を実証できれば新しい知識生産になります。
70 まとめとして地域性を認識することの重要性を強調しておきたいと思います。

地域性は個別性であり、対極には普遍性があります。一般に研究は普遍性の発見を目指して行われますが、それは工業製品を作ったり、数学や物理にような科学的真理を発見する時の目的です。

環境に関する課題では普遍性はベースにあるもので、その上にある個別性を理解することで、問題の解決に到達することができるようになります。

少し難しい議論になりましたが、皆さんの専門を深めるとともに、科学論、科学哲学、科学史といった分野も大学において学んでほし人思います。