第6章 湖
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これは教科書の旧版に掲載されていた写真です。場所は霞ヶ浦土浦入りの桜川の河口です。湖岸は堤防が建設されており、湖岸まで住宅地が迫っています。土浦は今ではつくばエクスプレスの開業もあり、発展の勢いが鈍っていますが、東京で働く人々のベットタウンとしても機能しています。 では、元の霞ヶ浦の状況はどのようなものだったのでしょうか。開発によって、私たちは何を得て、何を失ったのでしょうか。未来はどのようにしたらよいのでしょうか。 |
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湖沼にも種類があります。霞ヶ浦や印旛沼、手賀沼はもともと浅い海だったものが閉塞されて形成された海跡湖です。潟湖ともいいます。 日本では人口が沖積低地に集中しているため、都市の近くに海跡湖も多いという特徴があります。よって、海跡湖は人間活動の影響を強く受けることになりました。 |
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日本の代表的な湖沼は覚えておきましょう。湖沼だからといって淡水とは限りません。海跡湖では汽水湖といって塩分濃度が高い湖沼もあり、独特の生態系が存在しています。 湖沼には、海跡湖、火山湖(カルデラ湖)、構造湖、堰止め湖、たくさんの種類があります。その成因はそれぞれの湖沼の特徴をうみだしています。 |
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湖沼の名称には、いくつかの漢字が使われていますが、それは成因とも関連します。 それぞれの呼称の湖沼がどこにあるか、どんな成因で形成されたか、確認してください。GoogleMapやGoogleEarthが役に立ちます。 |
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湖沼の横断面形です。水深が約5mより浅いと、水生植物が繁茂し、そのような湖沼は沼と呼ばれることが多い。印旛沼、手賀沼がそうですね。 水をためる容器としての湖沼の深さ分布を湖盆といいます。浅い湖沼は全面が水草に覆われることがあるかも知れません。外来種の水草が覆ってしまう事例もありますが、深い湖盆を持つ湖沼はそんなことはありませんね。 |
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山の湖と海の湖で形態、湖盆形状、性質はだいぶ異なります。 火山活動によって形成された湖沼にも、火口に水がたまったもの、噴火活動に伴う溶岩や、泥流によって河川がせき止められて形成される湖もあります。 堰止め湖は、“天然ダム”とも呼ばれ、形成初期には決壊して土石流、水害を引き起こすこともあります。 |
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十和田湖はカルデラに水がたまったカルデラ湖ですが、カルデラの構造が二重になっています。その構造は形態からすぐにわかりますね。 もとがカルデラですので、水深は深いことが特徴です。 |
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尾瀬には尾瀬沼と尾瀬ヶ原がありますが、尾瀬沼は堰止め湖、尾瀬ヶ原はかつての湖が埋積された湿地です。 ただし、尾瀬ヶ原の地史には一度陸化した記録があるそうです。山の上に湿地があるのは、積雪の多さも理由の一つです。 かつて、ここにダムを建設し、首都圏に電気を送る計画がありましたが、中止になりました。今でも東電はCSR活動として尾瀬ヶ原を活用しています。 |
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裏磐梯の桧原湖、小野川湖、秋元湖は1888年の磐梯山の噴火で生まれた堰止め湖です。 しかし、地域の産業進行に活用するため、堤防が強化され、湖沼の形態をとどめることになりました。 |
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磐梯山を北側から望んだ写真です。 磐梯山の崩壊跡地がわかると思います。滑落崖、滑動したブロック、その沿面にある流山。五色沼が見えますが、これも噴火によって形成された堰止め湖です。 |
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衛星画像(2000年頃のランドサット画像)で磐梯山周辺を望みます。 東北地方は南北方向に断層が走り、地溝(グラーベン)として形成された盆地が南北に連なっています。猪苗代湖も水がたまらなければ盆地になっていました。 |
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海跡湖は私たちの暮らしにとって重要かつ、人間活動の影響を受けやすい湖沼です。印旛沼、手賀沼も海跡湖といってよいでしょう。 構造湖としては琵琶湖、諏訪湖が有名ですが、仁科三湖は構造湖としての成因と、山体崩壊の土砂による堰止め湖としての成因もあります。 琵琶湖はブラタモリでもやっていましたが、年代が古いことが特徴です。堆積物には数十万年の気候に関する記録が残されているとともに、年単位の環境変動も記録されています。 |
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火口湖は円形に近い形状をしています。 ほかにどんな事例があるでしょうか。鹿児島県の池田湖、鰻池をGoogleで見てみましょう。池田湖は謎の生物イッシーで有名です。おそらく大きな鰻でしょうか。観光用の大鰻を現地で見ることができます。 |
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火口湖は透明度が高いものが多く、数10mに達します。 では、印旛沼はどの程度でしょうか。数10cmです。印旛沼はCOD指標による汚染No.1の座にあります。それは私たちが原因者でもあるのです。教科書に霞ヶ浦の例があります。 |
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日本には海跡湖がたくさんあります。人間の暮らしと深い関わりを持ち、高度に利用されているため、環境劣化が激しい海跡湖もたくさんあります。 日本では人が平野に集住しており、近くに海跡湖があることも地理的な要因です。 |
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北海道の沿岸には海跡湖がたくさんあります。名前を確認してみよう。 右下には琵琶湖が見えますが、琵琶湖は構造湖です。阿蘇の海は内湾が砂嘴によって閉塞されてもので、砂嘴は天橋立として有名です。さて、どこだ。 |
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鳥取市近郊の湖山池も汚染が進んだ湖沼として研究が進んで有名になった湖沼です。海跡湖特有の浅い湖盆を持っています。 衛星画像の左(西方)には中海が見えます。中海の隣には宍道湖(画像では見えていません)がありますが、人間の利用による水環境の変動が地域の生態系、産業を変えています。教科書では霞ヶ浦や、佐渡島の加茂池の事例が紹介されています。 人間活動による環境変化は地域特有の現れ方をします。地域ごとに見て、理解するという力を地理学を通じて身に付けてください。 |
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今では水質汚染といってもピンとこないかも知れません。70年代から80年代の頃は水が汚かった思い出があります。今では対策が進み、昔より改善されていますが、汚染の程度は高止まりの状況にあります。 水質汚染の原因は、都市域からの降雨時の流出(ファーストフラッシュといいます)による物質の洗い出し、肥料や飼料からの物質の流入、などがあります。 |
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教科書の図を見てください。改訂されています。 水質環境基準は河川では都市河川、郊外の河川で異なります。このページの下の方にある別表2を見ると、類型がわかります。例えば、河川ではAA類型のBODは1mg/l以下ですが、E類型は10mg/l以下です。 なお、河川はBOD(生物化学的酸素要求量)、湖沼はCOD(科学的酸素要求量)が使われます。 海域は高止まり、河川は改善傾向にありますが、まだまだ。湖沼は改善が見られません。さて、どうすれば良いか。私たちの暮らし方にも関わる重要課題ですので、わがこと化して考えなければなりません。 |
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霞ヶ浦は行ったことはありますか。サイクリングロードが整備され、地域活性化に対する茨城県の意気込みが感じられます。千葉県ももう少し頑張ってほしい。「弱虫ペダル」の聖地なのにね。 霞ヶ浦では昭和の中期までは湖水浴場がありました。印旛沼でも昔は泳いだもんだ、というシニアがいます。時代とともに水質は悪化し、その代わり、私たちの生活は便利になりました。 |
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これも改訂された教科書の図を見てください。CODは1980年代以降高止まりですが、環境基準は3mg/lです。 この間、様々なことがありました(いくらでも説明できるのですが、ここは時間軸の下にある事象については調べてください)。霞ヶ浦がダムになったこと、それによって湖水の循環が不活発になり、水質汚濁が進みました。印旛沼も事情は同じです。 自然の湖沼ではなくなっていますが、私たちは便益を得ています。さあ、どうするか。 |
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教科書の図は改訂されています。霞ヶ浦への負荷は、図の凡例にある5つの~系で示されています。ここで面源系とは農地からの負荷で、広い地表面から地下水を通じて負荷される栄養塩類でる窒素やリンの量です。 みな、私たちの生業や食料と関係しています。汚染は改善しなければなりませんが、私たちの生活態度も同時に改善しなければなりません。 |
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水質を人的にコントロールした例もあります。 それは、生業の発展、維持のために必要なことでもありました。 |
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皆さんは、地図を見るという習慣を付けてください。 どこで、何が起きているのか。それは、どんな、場所なのか。どんな地理的特徴を持った地域なのか、ということを知るように心がけてほしいと思います。今はGoogleMapやGoogleEarthを使うことができるので、便利になりました。 地域ごとに事情が異なることを知ることが、問題解決の力になります。初等・中等教育における教育力にも繋がります。 |
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教科書の図ですが、Googleで見てください。筏がたくさん見えます。AとBの位置もわかりますね。 人の暮らしを支えるため、湖は瀕死の状態にあるということです。どうしたら人と自然が共生することができるのでしょうか。 |
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手賀沼周辺の衛星写真です。手賀沼の水質は北千葉導水路(2000年完成)によって若干、改善されています。 それは、利根川の治水対策のため、利根川の水位が高くなったときに、手賀沼を通して江戸川に排水する事業です。水質改善に治水という目的が加わったため、事業化できたという事情があります。 しかし、希釈による浄化ですので、抜本的な解決とはいえないでしょう。 |
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霞ヶ浦も霞ヶ浦導水事業によってダム化されています。霞ヶ浦に那珂川の水が入っているなんて、驚きですね。湖沼の人工的な改変により私たちの生活は豊かで便利になりました。 しかし、水質悪化を始め、様々な問題も生じています。霞ヶ浦が痛んでいくことは私たち眼には直接見えません。しかし、それは私たちにも関係があることだという認識を持ってほしいと思います。 |
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霞ヶ浦はじめ、湖沼の元々の形態や土地利用はどうだったのでしょうか。 昔、それは概ね昭和30年代までと考えて良いでしょう。昔は土地の性質、湖沼の水位変動に適応した人の暮らしや生態系がありました。 |
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しかし、自然に適応した暮らしは、国土の開発の波の中で大きく改変されていきます。 昔の集落は通常時には浸水しない段丘の上に立地していました。しかし、湖岸を堤防で囲み、治水安全度が高まると、人の暮らしが湖岸近くまで進出してきます。 |
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自然には、生態系サービスと呼ばれる自然の恵みがあります。開発によって都市的な生活とは直接な結びつきを持たなかったこれらの自然の恵みは失われていきました。 しかし、私たちの生活を守る治水施設等のインフラは未来永劫に維持、更新可能でしょうか。生態系サービスの機能を復活させることが暮らしの安全・安心に関わると考える人たちも増えてきました。 自然の機能を活かしたインフラをグリーン・インフラストラクチャー、また、同様に自然の機能を活かした災害リスクの軽減をEcoDRR(Disaster Risk Reduction)といいます。 |
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海跡湖の開発は日本中で進み、湖岸の多くの延長が人工湖岸になりました。 人工湖岸は人と自然を分断させたともいえます。 |
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皆さんは堤防があるのが当たり前と思っているかも知れません。しかし、それは人間が人間のために変えた結果現れた景観であることに留意してください。 |
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これは霞ヶ浦の土浦付近をイメージした断面です。湖岸堤により沿岸の沖積低地は人間の活動の場となりました。そこはもともと低湿な沖積低地です。 湖岸から急に水深が深くなり、水草が生育できなくなりました。湖底に砂利がある場所では砂利が採掘されました。湖面養殖は余分な飼料や魚の糞が水質悪化をもたらしました。 |
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高度経済成長期には水資源の確保が喫緊の課題であったため、湖岸堤を築いて、湖沼がダムとなりました。 霞ヶ浦、印旛沼、琵琶湖、そして小川原湖が代表的な湖沼です。小川原湖には日本の原子力開発に関わる歴史が刻み込まれています。調べて見よう。 |
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水温操作により水位を調整し、得られた水資源を人間活動に利用することができます。便利ですね。 |
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その便利は、どんな代償を伴ったでしょうか。これは私たちみんなが考え続けなければならない課題です。 おそらく、世代によって考え方は異なるかも知れません。私は高度経済成長、低成長時代、バブル経済とその崩壊、その後の失われた10年を経験してきました。皆さんはどんな社会が望ましいと感がるでしょうか。それは自動的に得られるものですか。 |
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湖岸の生態系サービスを取り戻そうという動きもあります。 私たちの暮らしと自然の間でどんな折り合いを付けたら良いか。地理学の課題でもあります。 |