4.マイクロ波 

1 ・マイクロ波リモートセンシングは実用衛星が打ち上げられたのが90年代前半ですので、比較的新しい技術です。
・様々な応用が考えられますが、万能ではないことに注意してください。
・他のセンサーの情報、現場の情報、研究者・技術者の知識、経験とどのように組み合わせるのか、という観点が重要です。
・オリジナリティーというのは、ほとんどの場合、新しい組み合わせです。問題をスパッと解決する夢のような方法というにのはまずありません。
・これからはますます組み合わせる力が重要になってくるでしょう。だから、勉強と経験が必要なのです。
・意識してほしいのは、マイクロ波データを扱うソフト(今はアプリですか)はすでに確立しているということ。皆さんはそれを使いこなすことで、マイクロ波イメージングの成果の意味するところを知るステージに進むことができます。
2 ・電磁波の呼称を表とグラフで示します。分野によって呼称が異なることは注意してください。
・波長は周波数に読み替えることもできます。
・マイクロ波は波長が1mm~1mの範囲で、周波数でいうと0.3GHz~300MHzになります。
・マイクロ波は周波数のレンジにより、Wバンド、Pバンドといった呼び方をされます。
・衛星搭載レーダーではX、C、Lが使われています。
・日本のお家芸はLバンドです。
3 ・マイクロ波センサーには受動型(passive)と能動型(active)があります。
・受動型は地球から放射されるマイクロ波のエネルギーを計測します。
・能動型では衛星からマイクロ波を発射し、散乱されてかえってくる電力を計測します。
・能動型にはサウンダーとして散乱計、高度計、また映像型としてレーダーがあります。
4 ・マイクロ波放射計は1978年のNIMBUS衛星に搭載されたSMMRが最初です。
・アメリカの軍事衛星であるDMS/Pに搭載されたSSM/Iは研究でも使うことができ、たくさんの成果を挙げました。
・日本も1987年にMOS-1衛星に搭載されたMSRの運用に成功し、日本の技術の礎を築きました。
5 ・衛星には大きなアンテナを搭載できないので、合成開口処理を行い、見かけ上、大きなアンテナが軌道上にある処理を行います。
・それが合成開口レーダーです。
・初めての実用レーダーは1991年のERS1ですが、日本のJERS1は1992年2月に打ち上げられており、日本の会計年度では1991年です!
・その後、カナダもRADARSATを打ち上げました。
・日本はALOS衛星で引き継がれています。
6 ・1991年、1992年は合成開口レーダーの黄金期だったのではないか。近藤もずいぶん検証事件に参加しました。懐かしい思い出です。
7 ・合成開口レーダーはアンテナから斜めにマイクロ波を発射します。その一部が衛星方向に散乱されて返ってきますので、その電力を記録します。
・衛星が飛びながら地表面を2回(2look)、3回(3look)見ることにより、あたかも大きなアンテナが軌道上にあるような処理を行います。
8 ・30年ほど前、SAR画像の再生はコンピューターパワーを必要としたので、画像化は光学的に行われていました。
・それが今ではパソコンで簡単にできるようになっています。
・使わにゃソンソンです。
9 ・1991年度に相次いで打ち上げらたERS1とJERS1の合成開口レーダーの諸元は異なります。それぞれ目的がありました。
・赤枠で囲んだ部分がSARの諸元として覚えておいて欲しい項目です。
・HH、VVは偏波といって、水平に射出したマイクロ波を水平で受け取るのがHHです。一つのアンテナしかなければHHかVVしかあり得ませんね。
・オフナディア角は鉛直方向から斜めにマイクロ波を射出する角度です。JERS1の方が大きくなっています。これが重要なのですが、詳細は後で。
10 ・ERS1の画像です。右上に富士山が見えます。
・南アルプスも何となく形がおかしい?なぜか。
・ERS1では海の情報があることに注意。
11 ・合成開口レーダー(SAR)画像上の位置は衛星からの距離に相当します。
・二等辺三角形の各頂点は表示面で見ると、衛星に近い側の斜面が短く表示されることがわかります。
・これが全ページのERS1の画像の違和感の理由です。
・では斜めに見る角度(オフナディア角)が大きくなるとどうなるか。
12 ・日本のJERS1/SARの画像です。地形がナチュラルに見えます。その理由は前ページで考えてください。
・また、土地被覆によって色合い(散乱の強さ)が変わっています。水面や北富士演習場といった滑らかな面は暗い。それはマイクロ波が鏡面反射して衛星方向に返ってこないからです。
・一方、森林は明るく写っています。それは樹冠、樹幹でマイクロ波が多重散乱して衛星方向に返っていく成分が多くなるからです。
・この性質は波長によっても変わります。
・ERS1では海の情報が見えました。JERS1では海の情報はあまりありません。
13 ・オフナディア角が大きくなると、レイオーバー、レーダーシャドウといった現象が発生し、情報が失われます。
・その理由は図からわかりますね。
14 ・ERS1の画像で見える海のパターンはさざ波を現しています。湾奥の黒い部分は凪いでいる海面だと思います。すなわち、波長に対して滑らか。
・ところで、雲が見えませんね。SARは波長によっては雲を透過し、地表面の情報を得ることができます。
15 ・ERS1で見た琵琶湖です。波の立ち方の分布が見えます。
・また、地形からリニアメント、ここでは断層を読み取ることができます。
16 ・名古屋が左下に見えます。
・なぜこの画像を出したか。それは、この画像の撮影時、近藤は中央高速を諏訪湖に向けて疾走中であったからです。天気は雨でした。でも、画像は撮れているでしょう。

17 ・北アルプス、富山湾、黒部川扇状地などが見えます。
・地球科学の学生だったら、この画像を題材にして相当長く話せるはずです。
・活断層の話(跡津川断層など)、歴史上の大地震の話(鳶崩れなど)、黒部川扇状地の成立、たくさんあります。
・地理学や地学では、あらゆる要因が積分されて生じている、目の前にある事象を説明する学問です。現場における、ありとあらゆる“物語”を知るところから考察が始まります。
18 ・NEC製の航空機搭載XバンドSARによるつくば学園都市の画像です。つくばも大分変わってしまいました。
・中央ちょい上に筑波大学があります。
・土木研の周回道路が見えます。自動車研は今はないと思います。国土地理院のサイトも見えます。
・Xバンドは樹冠付近で散乱され、森林の中に透過しません。だかた松林がブロック状に見えます。
19 ・ジャワ島のSAR画像です。たくさんのSAR画像をモザイクして作成しました(作成はヨサファット先生)。
・雲が見えません。これがSAR画像の特徴です。
・ジャワ島が火山島であることがよく解ります。
20 ・これはJSARだったと思います。横筋が見えますが、マイクロ波帯は通信でも使うので、都市域ではノイズが入ることがあります。
・明るく見える部分は粗度が大きいことを現しています。だからマイクロ波が散乱されやすい。都市域がその代表です。ビルがたくさんあるから。
21 ・マイクロ波は様々な応用が考えられます。
・ただし、現場に実装するには、さらに努力が必要なことに注意してください。
・~が見える、~ができる、といったことを明らかにするのは簡単。それを現場のオペレーションで使うことができるようにするには、さらなる多大な努力、理解と連携が必要です。
22 ・マイクロ波リモートセンシングの特徴は波長(周波数)を選べば、雲を透過した画像が得られる事でした。
・日本にとって石油産出国であるインドネシアにおける探鉱は重要な課題でした。そこでJERS1のSARが開発されました。
・雲の無い画像から地形をベースとして地質構造を判読し、ボーリングの場所を決めます。
・近藤は90年代始めにインドネシア、ジャカルタにあるLEMIGAS(日本でいったら地質調査所)に滞在したことがあります。
・日本から専門家も派遣されていましたが、かつては数少ない空中写真を床に並べて大地形を判読していましたが、SARの登場によって地質調査が格段に楽になったと伺いました。
23 ・NASDA(JAXAの前身)が作成したインドネシア、パプアニューギニア、オーストラリアのSARモザイク画像です。
・キャプションにあるGlobal Rain Forest Mapping Projectの中で作成されたものですが、Good Jobだと思います。
・森林の材積が大きいところはマイクロ波の散乱が大きく、白く写っています。
・オーストラリアでは北から南に向けて暗くなりますが、これは何を意味していますか。
24 ・マイクロ波は波長によっては乾いた砂をある程度透過します。
・可視画像では見えない、砂に埋もれた基盤地形が見えることがあります。
25 ・このようなマイクロ波の特徴は乾燥地域の地下水開発への応用が期待されます。
・しかし、現実には現場における地理的、地学的知識と現地調査により地下水資源開発が行われ、衛星データは補助的に使われる事になります。リモートセンシングで何でもできると勘違いしないように注意してください。
・技術者になるのであれば、現場の知識、経験の獲得に努めてください。技術者は誇り高き生業です。
26 ・地表面から放射されるマイクロ波の放射強度からは様々な水文量を地図化することができます。
・古い事例を紹介します。
・ただし、手法の開発は秀でた成果といえますが、モニタリングした結果が何を意味するのか、という観点こそ環境を志す研究者にとっては重要です。
・地球にとって重要な情報は、連携によって生み出すことができます。連携する仲間が、同じ方向を見ることが大切なのです。
(見つめ合って、一緒に論文書こうか、ではなく、その結果の意味が地球や生態系にとってどんな意味を持つのかが大切)
27 ・マイクロ波散乱計は海上の風向・風速の計測も可能にしました。
・日本のADEOS衛星の功績は大きいと思いますが、寿命の短い衛星でした。
28 ・TRMM(Tropical Rainfall Measuring Mission)は日本とアメリカの合作プロジェクトですが、大成功を収めたと思います。
・熱帯の降雨に対する科学的な知見をたくさん得ることができました。
・日本のお家芸の降水レーダーをNASAのプラットフォームに搭載するという連携プレーが功を奏したわけです。
・さて、現在の日本のお家芸は何か、それはうまく生かされているか。
29 ・合成開口レーダーの重要な成果の一つが、バイオマスの計測です。
30 ・森林は散乱強度が大きく、画像では白く表現されています(後方散乱係数σ0が大きい)。
・水面や、樹木のない滑らかな(マイクロ波の波長に対して)面はマイクロ波が衛星方向に返ってこないので、暗く写っています。
31 ・アマゾンの熱帯雨林です。
・有名なロンドニアが画面中央下部に見えます。
・アマゾンの南縁は草原地帯ですが、開発がアマゾンに向かって進んでいる状況がわかります。
・このことの背景は何か、影響はどこに及ぶのか、実は物理だけではなく、社会、経済、様々な観点から解析し、理解することができます。
32 ・ロンドニアの拡大です。
・なぜフィッシュボーンの構造になるのか。それはアマゾンが平らだから。
・このまま、森林が失われていくと、どのような影響が出るのか。
・森林の喪失は誰の利益で、誰のリスクなのか。ここは単純ではありません。
・ここには農業で家族を養う農家もいるでしょう。出稼ぎの労働者もいるでしょう。安全なところにいて、論評をする先進国の“いい人”で良いのでしょうか。
33 ・1998年の長江の洪水のNOAA/AVHRR画像です。千葉大学で受信しました。
・右は熊本の受信局で取得したSAR画像ですが、黒い部分が浸水域に相当します。
・これは自然災害でしょうか。
・浸水域の中には遊水池がたくさんあります。治水施設が機能していることを意味していますが、日本の報道では水害の被災地として報道されていました。
・問題は堤外地に人が進出してしまうこと、その背景には人口問題、社会問題があります。
34 ・時系列の画像を使って浸水域を地図化すると、氾濫に対して脆弱な地域を地図化することができます。
・ハザードマップ(災害脆弱性マップ)の作成に使えるかも知れません。
35 ・不飽和土壌では入射したマイクロ波は散乱し、その後方散乱強度は土壌水分と関係を持つようになります。
・ただし、実用はなかなか難しいようです。
36 ・マイクロ波放射計は雲を通して地表面の温度を計測できます。山火事の場所を知ることができます。
・日本では山火事(forest fire)は事件ですが、海外では日常的に発生しており、自然の営みといっても良い場合があります。
・人にとっては山火事は災害ですが、自然の領域に人が近づき過ぎたという側面もあるでしょう。
・人と自然の関係性について考えることは、環境学の課題の一つです。どう折り合いを付けるのかということも重要な観点であり、支配のみが人間の態度というわけではないのです。
37 ・SAR画像を使った土地利用・土地被覆図作成も可能です。
・ただし、それは普遍的な手法ではなく、地域ごとに適用の可能性を考えていく必要があります。
38 ・リニアメント解析がSAR画像利用の王道かも知れません。
・これは衛星画像ではなく、航空機によるSLAR(side looking air-borne radar)の画像です。
・中国地方の花崗岩山地に多数のリニアメントがあることがわかり、その交点に温泉や鉱床が多いことがわかります。
・近藤は初めての海外調査の帰りにイエメン(当時は北イエメン)に連れて行ってもらいました。岩盤地帯の地下水開発地で、空中写真を渡されて、どこに井戸を掘るか、聞かれたことがあります。その時、リニアメントを判読し、その交点を候補地として推薦したところ、浅い深度で良好な帯水層を発見できたとの知らせを後ほど受けることができました。二度と行けない、懐かしい経験でした。
39 ・これはDEM(digital elevation model)です。
・リニアメントが多数見えますが、多くは活断層です。
・DEMは地形解析、地質構造解析になくてはならない情報です。
40 ・そのDEMは合成開口レーダーの画像を使って作成することができます。
・その手法を干渉SARといいます。
41 ・初期の頃の干渉SAR適用例です。
・これを見たときの感動は今でも覚えています。
42 ・干渉SARの技術を用いると世界のDEM作成が可能になります。
・昔、スペースシャトルに日本人として初めて登場した毛利さんのミッションはSARのオペレーションでした。
・そのデータはSRTMとして公開されています。検索して確認してみてください。
43 ・地震等による地形変化もSARでモニタリングすることができます。
44 ・その技術は現在では確立しているといって良いと思います。
45 ・その技術開発には国土地理院のチームの活躍が目覚ましかったと思います。
・おそらく予算的な制約も厳しかったと思いますが、国土地理院の業務に役に立つという信念が成果を生んだのではないかと思います。
・国土地理院ホームページの干渉SARのページを探してください。
46 ・これは1995年の阪神大震災時の地殻変動量。
・野島断層が動き、多大な被害をもたらしました。
・断層の路頭は記念館として保存されていますが、人の記憶も薄れ、維持に苦労しているとのこと。でも、決して忘れてはならない震災の記憶です。
・なお、阪神大震災はボランティア活動が注目された初めての災害でした。
47 ・ヨーロッパのERS1からは海洋の情報を得ることができます。
・中でも重要な事象が、海洋の油汚染です。最近もモーリシャスでありました。
・1997年のナホトカ号の重油流出事故は日本海側に多大な被害をもたらしました。
・阪神大震災の経験から、たくさんのボランティアが油の回収に携わりました。
・海面が油で覆われると、滑らかになるため、マイクロ波の散乱強度が小さくなります(反射されて衛星方向に返らない)。
・よって黒い部分が油である可能性が高くなります。
48 ・さざ波が立ち、散乱が大きくなっている領域に油があると、暗い領域として油を抽出することができます。
49 ・白い部分はさざ波が立っている領域、黒い部分が油の可能性があります。
・三国付近にナホトカ号の船首部分が漂着し、油を流出させましたが、そこから北方に黒い筋が伸びています。
50 ・このような災害では、画像を受信後、直ちに現場に届け、解釈するシステムが必要です。
・リモートセンシングの災害対応で、最も難しい部分だと思います。
51 ・懐かしい30年近く前の研究です。1992年にERS1、JESR1が打ち上げられ、SAR画像が使えるようになったので、取り組んだ課題の一つです。
・ERS1の画像ではさざ波が見えます。さざ波のパターンは海底地形の影響を受けるはずです。そこで、右上の画像では背景に海底地形を描いています(白線なので見難いですが)。さざ波が海底谷で屈折していることがわかります。
・この研究では富山湾特有の波、“寄り回り波”を可視化することができました。
・このさざ波ですが、実際には左下のような状況です。滑らかか、粗いかというのはあくまでもマイクロ波の波長に対してどうか、ということです。
52 ・SARは惑星探査でも使われています。
・やはり、アメリカの底力はすごい。でも、最近はどうなんだろうか。
53 ・いつも雲に覆われている金星の地形です。
・これは科学のロマンですね。日本も金星探査はやっています。JAXA(旧宇宙研)では衛星の管制も学生がやっていました。
54 ・もう古い情報になってしまいました。
・近藤は地球観測衛星に夢を託した世代ですが、君たちはどう考えているのだろうか。
55 ・このALOS-1はすでに運用を中止し、後継機ALOS-2が運用中となってます。
・ALOS-1は長生きした衛星で、東日本大震災まで頑張り、運用停止となりました。
56 ・ALOSに搭載されたSARの説明です。
・SARは日本のお家芸ですが、継承が課題です。
57 ・このスライドは古くなりすぎました。ADEOS衛星は画期的な衛星でしたが、運用期間があまりにも短すぎた。
・なぜだろうか。技術力とは何か。国の力とは何か。
・いろいろな課題を残してADEOS衛星は消えていきました。
58 ・新しいセンサーとしてマイクロ波センサーの話をしてきました。
・可能性は無限と書きましたが、可能性があるからとって予算が付く時代ではなくなりました。
・なぜ衛星ミッションが重要なのか、莫大な予算を投じる価値があるのか、科学者、技術者は国民に向けて発進する必要があります。