スライドの説明 このスライドも大分古くなってしまったのですが、基本的な考え方は変わっていません。学生の皆さんは近藤の主張を単に受け入れる必要はありません。新しい考え方を知り、自分の考え方を形成してください。理工系では“普遍性”が至高の目標と考えられがちですが、人文系では個人の考え方自体が最も重視されます。研究評価は個人が過去の思索を踏まえて、如何に論理的で深い考察を成し遂げたか、という観点で行われます。他分野の考え方を尊重し、議論できる精神的習慣が日本の学術を高めると近藤は考えています。環境という対象では、異なる分野がそれぞれ異なる視点で観察します。その時に認識のズレが生じますが、ズレが生じた原因を理解することが問題解決の道筋だと考えています。 (前半は普遍展開科目と共通ですが、説明を新たに追加しています)。

1 ・この写真はおそらく2004年に訪れた中国河南省の雲台山ジオパークです。赤色砂岩と呼ばれる先カンブリア系の砂岩が美しい渓谷を形成しています。
・この頃から、もう中国は予算とマンパワーで達成できる研究は自分でできると考え、近藤は日本で本質的な研究をやりたいと考えるようになりました。(中国には100回は行っていませんが、それに近い回数通ったと思います)
・その後の中国の発展は皆さんご存じの通りですが、2020年2月に中国科学部と教育部はSCIのような数値指標を人事や報償に使いすぎないようにとの通達を出しました。中国は論文数といった数値指標ではほぼてっぺんとった!と判断し、いよいよ研究の本質的な部分に踏み込む判断をしたということです。
・環境は複雑で多様な対象です。その本質的な理解に到達できなければ問題は理解すらできません。環境の持つ関係性(リンク)の複雑な網模様を理解する努力をしてほしいと思います。
2 ・環境とは何でしょうか。環境は自然でも、単なる周囲という意味でもありません。英語では"environment"、フランス語では"milieu"ですが、日本語では"風土"がそれらの訳語として最も適切かも知れません。
環境の本質は、様々な要素から構成され(多様性)、要素間で関連性を持ち(関係性)、場所によって異なり(空間性)、歴史によって形成され(時間性)、スケールによって見え方が違う(階層性)にあります。
・リモートセンシングは画像として地表面に刻まれた多様性を写し取っています。繰り返し撮影することで時間性、歴史性を持ちます。複数の衛星を用いることによって、様々な空間を同時に観測できます。すなわち、階層性を持ちます。だから、環境を認識する便利なツールといえます。。
3 ・"環境科学"という語には歴史があります。その登場は日本の公害問題を契機にして発足した国立公害研究所(現国立環境研究所)でした。
環境科学は政策提言までもその目的に含みます。基礎をやっていれば、自分(研究者)ではない誰かが社会に役立てるわけではないのです。注)この考え方はまだ十分に研究界に浸透していませんが、人社系と理工系の融合が進むと、メジャーな考え方になるはずです。
一方、"環境学"は最近登場してきた語で、まだ体系はないと思います。でも、一番近い学問が地理学だと考えています。
・名称には歴史と意味があり、それを尊重すべきと近藤は考えます。
4 ・ここは大人の事情がありますが、環境は様々な意味で使われるようになってしまいました。日本語の悲劇といって良いかも知れません。環境で予算が取れる時代があった、ということが環境の意味をゆがめてしまったのかも知れません。
人と自然の関係性を追求する学問が環境学ではないでしょうか。
・宇宙にも環境はあります。spaceは人間が到達できる宇宙空間です。だから環境はあります。しかし、深宇宙(universe)には今のところ環境はありません。
5 ・"環境研究"と"環境問題の解決"はかなり異なる営みだと思います。その目的が異なり、実践者も異なる場合があります。
千手観音は手には千の眼があり、世界のあらゆる場所を見通すことができます。環境を理解するために、千手観音の視点を意識してください。(“宗教”ではなく、“哲学”としての仏教の捉え方です)
・空間を扱うというのはセンスです。地理学を学ぶと、空間スケールごとの自然現象や人間活動の階層性を理解することができます。一部の理系の研究者の地球観はあまりに単純だなと思うことがよくあります。地球は物理で運用されているのか。考えてください。
6 ・大学に入った皆さんは科学の歴史について学んでほしいと思います。科学ってなんだ?明治時代には"百科の学"といってたくさんの学問があるという意味でした。しかし、戦争の世紀であった20世紀を経て、科学のあり方は大分変わってきました。
・日本の大学では科学史、科学論を学ぶ機会は少ないのではないか。それが日本の学術の劣化を招いているような気がします。
7 ・"自然地理学"を著した哲学者カントが世界を認識する洞察力は卓越したものがありました。地球の観察には三通りあると書いていますが、二番目と三番目について皆さんはどう考えますか。
・この部分は世界に出かけなくても、地理はわかると誤解されてしまうことが多いのですが、カントの卓越した思考能力と、ケーニヒスブルクという当時世界と繋がっていた貿易都市にいたからこそ自然地理学を執筆できたのです。
・学生の皆さんは旅をしてください。それも世界の田舎中の田舎が良い。経験をある程度積むことによって、他人の経験をわがこと化することができるようになります。
8 ・ニュートンは科学者ではありませんでした。科学者の登場はニュートン没後100年以上経ってからです。科学は技術と結びついて世界は大きく変貌しました。
その結果、科学の諸分野は細分化され、専門性は高まりましたが、複雑な問題に対応できなくなりました。そこで、登場した考え方の代表がモード論でした。
9 ・モード論と同様な考え方はたくさんあります。ここでは、大熊孝先生の普遍性探究型科学、関係性探究型科学を紹介します。環境学や地理学は関係性探究型科学といって良いでしょう。
・近藤の考えるに、20世紀は同様な考え方がたくさん登場した時代でした。21世紀は理念の段階から実践の段階に移行する時代でなければなりません。だから、SDGsが登場したわけです。
10 ・皆さんは"真理の探究が科学の目的である"といった表現をよく聞くでしょう。しかし、真理がわかると問題は解決できるのでしょうか。そもそも真理とは何か、問題とは何でしょうか。
・真理とか普遍性はベースにあるもので、その上にある個別性の理解こそが問題を理解し、解決に導くのだという考え方があります。地理学は地域性を理解した上で、世界を展望する学問です。
例えば、公害問題や原発事故といった"問題の解決"とは何なのでしょうか。メカニズムがわかっただけでは、被害や苦しみは簡単には消え去りません。折り合い、あるいは諒解するためには何が必要なのでしょうか。
皆さんはどんな未来を築きたいと考えているのでしょうか。未来はそうなる、ものではなく、そうする、ものです。ここは良く考えて自分の考え方を持ってほしいとお見ます。
11 ・科学というのは対象との間で価値とか思想といったものを排除して成り立つものでしょうか。我々が対峙しようとしている地球は複雑な対象です。コンピューターで再現できるというのも"地球は単純である"という思想かも知れません。
学生の皆さんは、自然観、社会観、世界観、人間観といったものに対する自分自身の考え方を大学において確立させておくとよいと思います。それがあなたの生き様になります(というと格好いいですが、キャリアパスを考える基本的考え方になります)。
12 ・未来と現在の関係の理解、認識は重要です。
・地球温暖化が危機を引き起こす。だから地球温暖化防止というのはわかりやすい。でも、危機って何だろうか。現実世界では何が起きてるのだろうか。
・“問題を共有”する態度では、地球温暖化という問題を共有し、各国で予算を付けて論文を書き、会議を開いてめでたしめでたし。これは科学者の世界の話です。論文を書けば、自分ではない誰かが、社会のために役立てるのだ、というのはあまりに単純な考え方です。
・問題の解決を共有する態度に変わらなければなりません。
13 ・具体的な危機から、その要因を考えてみましょう。すると様々な要因が浮かび上がります。地球温暖化はたくさんの要因の中で相対化されます。シャープな研究者はちょっと困ってしまうかも知れません。
例えば、超過降雨によって洪水が引き起こされるとする。では、水害になるのはなぜか。なぜ河川の縁まで人の暮らしや活動があるのか。水害にならないためにはどうすれば良いのか。
・問題を解決しようとすると、時間軸を明確にして、まず現在の問題を解決し、そこから未来を展望することになります。その段階で協働が生まれますが、それが超学際(transdisciplinarity)です。
14 ・「環境社会学」という分野を紹介します。この図は鳥越皓之先生の教科書「環境社会学」から引用した図です。
矩形の枠が解くべき問題だとします。その中で科学の守備範囲は一つの丸に過ぎないかも知れません。しかし、そのほかの丸、それは政治、行政、教育、企業活動、といったいろいろなステークホルダーの守備範囲を意味しますが、それらが協働することによって、四角を埋めることができるかも知れません。
その心がSDGsの目標17.パートナーシップといえるでしょう。
15 ・21世紀を目前に控えた1999年7月に世界の科学者がブダペストに集まり、宣言を作成しました。新しい科学(サイエンス)のあり方がここに確立しました。
四番目の"社会の中の科学、社会のための科学"は日本からの提案として世界の科学者に認められた行動目標です。だから社会の中ための"学術"は日本学術会議の規範ともなっています。
日本ではScienceの訳語は学術であり、理系も文系も含まれます。世界学術会議が文理融合の組織として発足したのは2018年のことです。日本は誇りを持って社会のための学術を推進する必要があるでしょう。
16 ・私たちは「環境リモートセンシング研究センター」にいます。リモートセンシングの役割とは何でしょうか。それは人によって異なりますが、すべてを繋げることによりリモートセンシングが存在することの意義を説明できなければなりません。
・近藤は、環境リモートセンシングのターゲットは環境、すなわち、人と自然の関係性の解明だと考えています。
・例えば、土地利用変化が明らかになったら、その背後にある事情を探る。テレカップリングと呼ばれる領域外の事象との関係性が見つかるかも知れません。関係性(リンク)のネットワークがだんだん見えてくると、問題の理解から解決へ進むことができます。
17 ・再び、環境とは、に戻ります。
・世界は一つ、でしょうか。世界はたくさんの相互作用する地域から構成されていると考えないと、地域の環境問題や紛争といった課題に対応できないのではないでしょうか。あなたはどう考えますか。
18 ・リモセンの画像はいろいろなことを雄弁に語っています。地理学者としての近藤はこのことはよく実感するところです。
・リモセン技術者は解析しないと何もわからないのだ、といいますが、それは対象のことを知らないということを主張しているだけです。その背後には普遍性を見つければ何でもわかるという思想があります。それはまさに宗教です。ニュートンは神様は普遍的な法則で運行される世界を創ったと考えました。だからその普遍性を知ろうとしてニュートン力学を発見しました。
・世界は様々な地域、人が関係性で結びついているという“世界観”を持てば、リモセン画像の背後にある様々な人と自然の営みのあり方を理解することができます。
・それが問題解決能力です。
19 ・サンゴ礁の島嶼国は地球温暖化がもたらす海面上昇により国土が水没すると言われています。
・では、現在起きていることは何か。人口増加、都市化などに伴う地形改変が、もとはラグーン(潟湖)だったところまで人が進出する要因になっています。
・サンゴ礁の成因、本来の地形のあり方、性質を調べて見よう。
20 ・これはアル・ゴアの「不都合な真実」の一コマです。左下に“フナフティの高潮”と書いてあります。高潮の中、子供は海に入り、波をかぶりながら母親は洗濯をしているのでしょうか。
・ツバルで現在起きている問題はスライドの中に書かれている事々です。有名な水没する家はラグーンだったところに建設されたもので、大潮の時期になると観光客が押し寄せるそうです。
・1992年のリオサミットで気候変動が取り上げられ、ツバルは環境案件で様々な援助を受けることができるようになりました。しかし、ツバル政府は根本的な社会問題を解決できなければ、現在の人の幸せは達成できないと考え、現在では政策を変更しています。
・大きな問題としては出稼ぎ先であったナウルのリン鉱山の資源枯渇があります。人々の雇用をどうしたら良いのか。難しい問題ですが“わがこと化”して考えてください。普遍的な答えはありません。
21 ・「不都合な真実」にはガンジス川の三角州が海面上昇によって水没する地域として描かれています。
・衛星データで見ると確かに下降の島々が侵食され、村が(水没して)消えてしまった場所もあります(GoogleEarthで「過去のイメージ」を表示させて観察してください。海岸線データはかなり古い情報だと思います)。
・一方で、陸地になった場所もあります。海岸線の変化は自然の営みでもあります。
22 ・GeocoverTMモザイク画像で1990年頃と2000年頃の画像を比較すると、海岸線が大分変化していることがわかります。
・でも単純な思考には注意しましょう。真の問題は何なのか。単に侵食を止めればよいのか。
・日本のODAの報告書があります。堤防を造ったり、津波タワーを建てても人が利用しないこともあるそうです。インシャアラー、神の御心のまま。高潮で家族を失っても、同じ場所に住み続けることを望む人がいます。
・どうすれば良いのか。問題の解決に携わる人は、現場で人の中に入り込み、信頼を得なければ意思は伝わらないこともあるのです。科学技術があれば単純に人を救えるわけではないことを頭の中に入れておいてください。
23 ・科学者というのは対象との間で価値観を分断し、対象とは離れた場所から第三者的に振る舞うものでしょうか。
・実は多くの科学者が思い込んでいる科学的な態度というのは、特定の地域や宗教に発しているものもあります。
・科学論、科学史、科学哲学、思想といった分野も21世紀の科学にとって重要だと思います。
・狭量な科学者にならないように、注意してください。
24 ・ここは私見ですが、近藤は環境リモートセンシング、あるいは陸域リモセンの(で)研究を行うキーワードとして“変動”と“地域”を重視しています。
・これは、世界(グローバル)は相互作用するたくさんの地域(ローカル)から構成されているという世界観に基づいています。
・この世界観は地理学や、人文社会系の学問分野が持っている世界観です。この世界観に基づいて、現在起きている問題の理解と解決を試みるのです。
25 ・1990年代は蓄積された衛星データを使った変動解析がたくさん行われました。
・有名な研究はキーリングら(1995)による北方林の活性化です。その後、たくさんの研究論文が出版されました。
・近藤も同じ解析をやってみました。この図は年間のNDVIの積算値のトレンドです。
・北方林地域のΣNDVIの増加傾向は、気象データを用いて解析的に研究できるのでアメリカの研究者によってたくさんの論文が生産されました。
・でも、世界には植生の変動地域がたくさんあります。
26 ・気候要因以外の変動は、地域に対する深い理解が必要です。だから、近藤は地域の研究に取り組みました。それは解くべき問題とダイレクトに関わっているからです。
・農業の変化、植林の効果、様々な問題を地域ごとに理解することができました。人間要因による環境変化は気候要因による変化と比肩できる大きさになっています。
・90年代後半は科学の世界でも問題解決の必要性が認識された時期でした。
・右下の二つのステートメントは1995年のIGBP/SSCにおける議長声明です。1995年から20年たった2015年にSDGsとFuture Earthが発進しました。社会のあり方の変化はとても時間がかかります。この流れを止めてはいけないと思います。
27 ・環境を捉える時にスケール感が非常に大切だと思います。これは2000年頃に書いた図です。
・世界はグローバルからローカルに向かっていると考えてきましたが、ポストコロナ社会に向けて確実にローカリゼーションが進んでいるように見えます。
・ただし、それは個別化、分断を促すのではなく、個々のローカルが輝きながら、ローカル同志が様々な関係性を持ち、尊重されながら一つのグローバルを構成するという社会です。
28 ・グローバルリモセンや生態系モデリングでおなじみのランニング先生の教科書にあるこの図は印象的です。
・プロットスケールでは複雑なモデル、流域スケールでは少し単純化したもでる、グローバルスケールでは単純なモデルを使うという階層的な考え方が書かれています。
・グローバルスケールでプロットスケールと同じ精度は必要か。データの精度は何のために使うかという目的に依存します。
・ランニング先生らはMODISの運用が始まって2週間で世界のGPPマップを公開しました。グローバルマップで特定の狭い地域の植生変数を精確に知ろうという要求はあるのでしょうか。
・スケール感を身に付けてください。
29 ・世界はより本質的なものを求める方向に変化していくと思われます。
・中国は研究評価や成果に基づく人事、報償に数値指標を重視することをやめました(2020年2月教育部、科学技術部通達)。中国は論文数や指標値では世界のてっぺんをとりました。それはもう十分、これからは本質的な研究をやろうという意思の表れと捉えることができます。
・さて、日本はどうするのか!