環境のリモートセンシング 地域の環境学入門Ⅱ 地形の成り立ち

1 概論ですので一般的な話もしていきます。ストレーラー先生の教科書の第15章は「流水により形成される地形」ですが、表面流(河川水)だけでなく、地下水も重要な地形形成の営力です。

水循環と地形の相互作用を扱う分野は「水文地形学」(Hydro-geomorpholigy)と呼びますが、この分野は日本で発展したといっても過言ではないと思います。水文地形学も学際科学で、治山・治水、砂防、土木、林学、...様々な分野が関連しています。
2 全ページには、“ほとんどの地形は流水の作用によって形成される”と書かれていますが、欧米の大陸や、欧米から南に向かった先にある乾燥地では、概ね正しいと思います。

しかし、欧米の意識の中には希薄な湿潤地域では地形形成に果たす地下水の役割も認識しなくてはならないと思います。千葉県北部に広がる下総台地は地下水型の谷が約2万年前に形成された地形面(下総上位面、下末吉面)を刻んでいます。

グランドキャニオンでさえ、地下水の役割は無視できないのではないか。谷底を流れるコロラド川は地下水面に繋がります。降雨時に斜面を流れる流水が傾斜のきつい斜面を形成するのでしょうか。急傾斜の斜面は基部の洗掘や地下水位上昇による斜面支持力の低下による崩壊が主要な営力かも知れません。
3 地表流(overland flow)が欧米で重視されたのは、日本にとってのアジアが、ヨーロッパにとってのアフリカであったように、欧米人によりアフリカをフィールドとした研究がたくさん行われたからかも知れません。

この写真はタンザニア中央部、ドドマの北郊です。塩基性岩石の基盤が形成する赤いラテライト質の緩斜面では、スコール(左上写真)がくると、浸透しきれない水が布状流(sheet flow)として流下します。表面を侵食するので樹木の根元が盛り上がっているのがわかります。

しかし、雨が上がったのち、ピットを掘って浸潤前線(wetting front)を確認すると、濡れているのは表面だけで、その後の日射により蒸発してしまうことがわかりました。

日本ではあまり見ることができない水文現象ですが、ここでは日常です。世界の様々な地域の様々な特徴を知ることが、グローバル化の一端を担うのではないでしょうか。
4 流水による侵食とはどういうことでしょうか。河川が谷底を下刻(incision)すると、斜面下部の支持力が失われて、地震や降雨イベント時に崩壊を起こします。

河川水は山体の地下水と連続しています。よって、崩壊時には地下水面の上昇、地下水圧の上昇が有効間隙圧の増加をもたらし、斜面支持力を低下を引き起こすと考えると、地下水の役割も無視できないことがわかります。

斜面形成に及ぼす地下水の役割は、斜面水文学、森林水文学、砂防学、そしてもちろん水文地形学の諸分野の研究成果があります。
5 地形には“侵食地形”と“堆積地形”があります。この二つを区別しておくと、建設工事(特に基礎の見積もり)、地震の揺れ、水害、等の災害を予見することに繋がります。

例えば、堆積地形の沖積扇状地では土石流、氾濫原では水害や液状化、といったハザードを予見しなければなりません。
6 加速された土壌侵食とは何でしょうか。裸地にみられるリルやガリは流水が集中することにより発生します(右上写真)。

雨滴の衝撃力は極めて大きいものです。裸地に雨滴が衝突すると、土壌面を侵食するだけでなく、土壌粒子を弾き飛ばします。

森林の葉面で大粒となった雨滴が林床を打撃すると、大きな侵食を引き起こすことがあります。管理が十分に為されず、樹冠が閉塞した檜林では林床の侵食が深刻な問題となっています(杉と異なり、檜の葉は分解されやすい)。
7 裸地に降った雨が表面流を形成すると、大量の土壌が失われます。耕地では生産力が減退します。

この図は、Rappほか(1972)による有名なダイアグラムです。どのような土地利用で土壌流亡量が多いか、わかりますね。

土壌流亡は1930年代のアメリカ中西部では深刻な問題でした。ダストボウルが発生し、土地の生産性は失われ、家族農業が企業的な大規模農業に取って代わられる契機となりました。

その時代の物語がスタインベック著「怒りの葡萄」です。一読をお勧めします。
8 これは別のミーティングで使ったスライドですが、ウディ・ガスリーのアルバム「DUST BOWL BALLADS」の写真です。
ダストボウルに見舞われている農家の写真で、太陽はダストによって霞んでいます。

ウディ・ガスリーといえば、ダストボウル時代にギターを抱えて中西部を放浪し、ボブディランに影響を与えたことが有名です。貨物列車に飛び乗り、各地を旅するホーボー(季節労働者)がギターを抱えて、アメリカンフォークソングのスピリッツを形作りましたが、ウディ・ガスリーはその中でも神様のように慕われています。
9 このアルバムの写真を見て、何となく懐かしい気持ちを覚えたのは、この写真を持っていたからでした。祖母の弟に朝日新聞のカメラマンがおり、この写真を撮影しました。父から譲り受けた写真ですが、ウディ・ガスリーのアルバム写真を見て衝撃を覚えました。

ダストボウル時代と同じハードタイムが北海道にもあったのだなと。実は私の家も小金牧南端の戦後の開拓農家で、当時の写真に平坦な台地面にぽつんと実家のバラックが建っている写真が残っています。

下総台地は関東ローム層に覆われており、春先の強風時にはダストが舞い上がることは有名です。現在では八街、富里辺りの畑作地帯のダストは厳しいものがあります。ダストの巻き上げにより台地の地形が変わるほどです。
10 ドロシア・ラングによる100年前のアメリカ中西部の写真です。WEBから持ってきた古い写真ですが、DOROTHEA LANGEの写真集は購入できますのでお勧めします。私も2冊持っています。

気候、地形、地質を背景とする土地と人の相互作用による土地の劣化。それによる人の苦難と、社会のあり方の変化、が描かれています。「私の青空」は日本ではエノケン、高田渡の歌が有名ですが、大恐慌、ダストボウル時代前の幸せな家庭のことです。家族はどうなったのか。どのようにして今があるのか、調べて見ませんか。

社会の変化としては家族農業の衰退と、企業的農業への転換といえますが、2019年から「国連家族農業の10年」が始まっています。環境を考える時は、過去を知り、現在を評価し、未来を展望する必要があります。
11 乾燥・半乾燥地域では、植生による保護がないため、バッドランドと呼ばれる地形が形成されることがあります。

アジアでは黄土高原は有名です。黄土高原でも元の頃までは草原が広がっていたという説があります。だから、モンゴル族が馬を養い、中原を支配することができたといいます。

しかし、植生が失われ、リルやガリによる侵食が土地を蝕んでいきます。しかし、土と水の性質を理解し、様々な対策がとられています。

乾燥地域の保全に興味がある方は、例えば日本沙漠学会(学会誌は「沙漠研究」))が入り口になります。リモートセンシングの活躍の場の一つでもあります。
12 流水による地形を理解するためには、川の中で起きている現象を理解する必要があります。

川はどの様に砂礫を運ぶのでしょうか。洪水時には川からガランガランという音が聞こえてくるそうです。大きな洪水の時に粗粒の礫が運ばれます。

中流になると礫径も小さくなりますが、細かい砂が礫の中にあると、大きな礫も運ばれやすくなります。下流になると泥やシルトを運ぶようになります。

空中写真から河床の状態を判読すると、河床の構成物質を知ることができます。たとえば、網状流だったら礫、蛇行流だったら砂泥、ですが“いろいろな場合があります。
13 川の勾配はどのようにして決まるのでしょうか。河床勾配は治水(水害)だけでなく、利水(工業、水道、農業用水)にとっても重要な関心事です。

川の勾配は、流す水と、運搬する堆積物の量によって決まります。上流で崩壊によって土砂の量が増えたとします。川は土砂を排出するために勾配を増加させます。その過程で堆積や侵食(河床の上昇や低下)が起きます。

気候変動で降水量が増えたとします。川の流量は増えますので、同じ土砂を流すために勾配は従前より小さくてもよいことになります。その過程で堆積や侵食(河床の上昇や低下)が起きます。
14 山梨県、釜無川では河床の形態が一夏で変わってしまったことがあります。それは人間活動の影響もありました。

平野部に住んでいる皆さんは河床が変動するということにピンとこないかも知れません。しかし、山岳地帯を歩いていると河床が数十mも変わっていることを経験することがあります。それは崩壊や火山噴火によって川が運ぶ土砂の量が増えたことにより、川は自動的に河床勾配を調整しているという事になります。

川は生きている、谷は生きている、といえます。このような変化をもたらす流域の事象をリモートセンシングで明らかにすることができるかも知れません。
15 大地を刻む川の縦断形は十分長い時間を経ると“平衡縦断面形”と呼ばれる指数関数で近似できる断面に到達するとされている(graded river)。実際には、地質の硬軟、侵食基準面の変化、等の要因により、傾斜変換点(nick point)が存在することが多い。

下の図は世界の河川の縦断面形である。日本の河川は降水量が多いこと、変動帯に位置し、土砂の生産量が多いため、大量の水と土砂を運搬しなければならないため、大陸河川と比較すると勾配が大きい。

このことは、河川に対するイメージが日本人と諸外国人と異なることを意味する。例えば、“これは川ではない、瀧だ!”(ヨハネス・デ・レーケ)。
16 これは、デービス(100年以上前に活躍したアメリカの地形学者)的な地形輪廻に基づく地形変化の模式図。最終的には平衡河川に到達する。

侵食輪廻(侵食)は仮説ではあるが、いろいろな地形を統一的に説明することに成功している。例えば、各輪廻におけるハザード(災害の原因になる自然現象)の種類や頻度を考えて見よう。
17 河川の平面形は、流域の範囲の中で、支流の織りなす樹枝状のパターン(水系)を持つ。

水系に次数を定義すると(n次とn次が合流するとn+1次、低次の水流と合流しても次数は変わらない)、水系の数、水路長、流域面積、等と水系の間に、幾何級数的な比例関係を見出すことができる。

これを、ホートンの法則(ホートン・ストレーラーの法則)と呼ぶ。自然の持つ不可思議さ、神秘を感じませんか。
18 リモートセンシングでは地形、水系を“見る”ことができます。そこから情報を抽出するためには、地形学やその他の科学の知識が必要です。

すなわち、人間の能力によって、リモートセンシングの価値を高める、ということになります。

地球の地形の成り立ちを理解しておけば、火星をはじめとする惑星の地形の形成も理解できるかも知れません。
19 閑話休題。地形には、それが形成される理由があります。直爆とは、落ち口から滝壷まで一気に落下する滝のことですが、その形成の理由は書かれている通りです。

リモートセンシングで直爆を認めたら、その流域の特徴を類推することができます。それは、河川施設の設計等の工学的な重要性を持つかも知れません。
20 上流で土砂生産量が変わったら、下流の河床が変動します。氷期に山地で土砂生産量が多かった時代には大量の土砂が下流に運搬されて山麓に扇状地を形成します。現在では段丘化した古期扇状地としてその姿をとどめています。

上流の人間活動により、土砂生産量が増えると、下流の河床が上昇し、洪水(水害)が起きやすくなります。斐伊川は上流におけるたたら製鉄のため、下流は暴れ川となりました。古事記における八岐大蛇伝説に土石流を示唆する記述があります。
21 有名な貝塚爽平先生のダイヤグラムです。氷期は上流における土砂生産量が多く、海水準は低下している。よって、河川の勾配は急になる(間氷期は逆)。

よって、段丘面の傾斜も形成時期によって異なるため、縦断方向にクロスする関係になる。気候変化は広域に作用するため、同様なパターンが広域に認められる(気候段丘)。
22 平衡河川において土砂の輸送量が減ると河川は下刻をはじめ、側刻により氾濫原を形成し、元の河床面は段丘化する。

日本で段丘といったら沼田盆地が有名である。GoogleEarthで三次元表示して見てみよう。、
23 堆積段丘形成の模式図。段丘免状の土地利用が水田となっているが、それは近世以降の灌漑用水の整備によるものであることに注意。

段丘には侵食段丘もある。韓半島は大陸の特徴を持ち、侵食段丘が多い。同じ段丘でも日本とは地質構造、水循環のあり方が異なるので注意。
24 2019年秋は千葉県は台風15号、19号、そして台風21号の影響による風水害を被りました。西日本豪雨、北九州豪雨も記憶に新しいところです。

水害は沖積低地の地形の成り立ちを知れば、予見することができます。沖積低地の微地形を知れば、それを形成した営力がわかるからです。予見できれば、その土地で暮らすことの諒解を得ることができます。

河川地形学の分野ではランドセット1号の時代からリモートセンシングを使った地形分類を行い、ハザードマップとしての活用を訴えてきました(大谷他著、「地形分類図の読み方・作り方」)
25 特徴的な地形に穿入蛇行(せんにゅうだこう)があります。この地形は地殻変動によって急速に隆起している地域によく発達します。

ここでは、Entrenched meanderとなっていますが、地形学の碩学、シャム先生は Incised meanderと呼んでいます。
26 急速な隆起といえば千葉県ですね。養老川も上総丘陵を深く刻んで、先入蛇行の地形を呈しています。

地形を見ると、そこでどのような地質現象が生じているかわかります。これもリモートセンシングの応用の方法です。
27 乾燥地域特有の河川プロセスにはどんなものがあるでしょうか。それは湿潤地域に住む日本人には馴染みがないものかも知れません。

その一つに失水河川があります。日本では河川は地下水面と連続すると一般的に考えられますが、乾燥地域では図のように水を失うこともあります。その結果、海に出口がない内陸河川になります。

ただし、日本でも扇状地の上部では失水河川になる場合があります。その代わり、扇端部では湧水帯が出現します。
28 沙漠は水がないから沙漠になっている。だから雨は降らないと考えるのはちょっと早急です。

沙漠に面した山岳からはワジと呼ばれる涸れ川の地形がよくあります。それは、たまには洪水が起きることを意味しています。それは貴重な地下水資源を涵養することにもなるのですが、人間の領域を襲うと水害になります。

なお、沙漠の豪雨は地球温暖化と関係しているかどうかは不明です。昔からある現象ということ。
29 これはランドサット画像ですが、画面左がUAE、右側がオマーンです。下方にア・ラインという都市が見えますが、ここで泊まったホテルはオマーン側にありました。国境って何。

オマーンの山岳から黒い筋が沙漠に入り込んでいますがが、これがワジです。時々降る雨が沙漠に地下水をもたらし、町の水源となっていますが、その地下水位は下がり続けています。
30 扇状地は高校の地理で学んだと思いますが、乾燥地域においては周辺の山岳から沙漠に地下水をもたらす機能を持っています。

沙漠ですので日射条件は十分、あとは水さえあれば農業ができる。こういう地域は世界にたくさんあります。アメリカのハイプレーンはその代表的な地域ですが、地下水位は低下し続けています。

乾燥・半乾燥地域の地下水問題は世界同時多発の地球環境問題といえる喫緊の課題です。さて、どうしたら良いと思いますか。
31 ここは新疆のトルファンです。天山山脈山麓に扇状地が形成されています。扇状地の地下水を発見したら、オアシスまで地下トンネルで水を持ってきます(カレーズと呼びます)。農業や生活用水に利用した後は、アイディン湖に流入し、水は再び大気に還っていきます。

自然の水循環を人が少し強化して、その分を利用する持続可能な水利用システムでした。しかし、外から持ち込まれた農業水利の近代化は、その持続可能性を脅かしています。
32 ここに沙漠とそれに接する山岳地域の景観の説明がありました。それぞれの地形には、それを形成したプロセス(営力)があります。それを知ると、地質構造や水循環、ハザードを知ることができます。

ペディメントは乾燥地域の山地前面に発達する平滑な侵食緩斜面で、その表面は一般的には薄い砂礫層に覆われている。ということは堆積物が雨水ということ。地下水はあまり期待できないでしょう(場所によって違いますが)。
33 地形を見るツールとしてはGoogleEarthがあります。その画像の判読も立派なリモートセンシングの応用です。解析しなければわからない、という言説は現場を知らないデスクトップ科学者、技術者の言です。

2010年に中国四川盆地北方の山岳地域で大規模な土石流が発生しました。右の図は宮内先生に判読して頂いた結果ですが、インド亜大陸のユーラシアへの衝突によって地球が傷ついていることが実感できます(この表現が適切かわかりませんが)。
34 プラヤは沙漠の中の低地で、たまった水は蒸発し、塩分が集積します。地下水はあるのでしょうか。

地形を見て、そこにおける水循環を想像できれば、水資源に関わる海外のコンサル業務で力を発揮できるかも知れません。
35 ストレーラー先生は地形輪廻の話をしましたが、コロラド大学のシャム先生は砂槽に散水し、地形変化を観察しました。

地形学では有名な実験です。右側の写真はダイヤグラムとして教科書に掲載されることも多いのですが、大本の写真です。
36 地形輪廻は仮説だと述べましたが、地形を理解するフレームワークになります。

しかし、現場では様々な場合があります。一般に科学では普遍性を追求しますが、地球科学や地理学といった野外科学では、普遍性をベースに置いて、その上にある個別性の理解を試みることが多いのではないでしょうか。

個別性は災害を予見する重要な考え方でもあります。20世紀の科学は普遍性を目指しましたが、災害や環境問題等、様々な問題が山積している21世紀は、個別性の科学の時代になったのではないかと考えています。