環境のリモートセンシング 地域の環境学入門Ⅰ 水循環と暮らし

1 水文学(Hydrology)という分野を覚えてください。諸外国では水文学はメジャーな学問分野です。なぜならば、水問題(例えば、水不足、汚染)は喫緊の課題だからです。日本は?

きれいな場所でしょう。富里市の高崎川上流です(地図を参照すること)。何とものどかで平和と思うかも知れません。水田は圃場整備されています。河道は彫り込まれ三面張水路になっています。あちこちに灌漑・排水用のバルブがあります。

農業の営みは楽になり、私たちの食生活を支えています。しかし、窒素、リンによる水汚染問題、上流の都市化による洪水の可能性、外来生物の侵入、...いろいろな問題があります。

便利とリスク、私たちはどのような諒解を形成したらよいのでしょうか。
2 高崎川の下流には千葉県の水がめである印旛沼があります。印旛沼も水質汚染、外来生物、水害、等の問題を抱えています。これらの問題の解決に向けて、リモートセンシングはどのように役立てることができるのでしょうか。

印旛沼の問題は“閉鎖性水域の水問題”といえるでしょう。世界中で同じような背景のもとで多発している地球環境問題でもあります。

リモートセンシングだけで問題の解決はできるでしょうか。これからは協働の時代です(SDGs、Future Earth)。問題の解決を共有して、その協働の枠組み中でリモートセンシングを活用しなければなりません。
3 水文学は学際科学です。農学、工学、衛生工学、計画学、林学、等々様々な分野で水循環が扱われています。しかし、環境の学としての水文学は系統地理学の中の一分科として捉えるのが良いでしょう。

地理学は四つの分野から構成されますが、一番重要な分野が系統地理学です。系統地理学は自然地理と人文地理からなりますが、これは細分化ではなく、地理学者は必要とあらばすべての分野に入り込むことができることを意味しています。


細分化された諸分野も一つの学問分野として確立していますが、環境問題を解決する機能は、諸分野との関係性を解き明かさないと待つことはできないでしょう。
4 ストレーラー先生の教科書「自然地理学入門」によると、アメリカはこれらの五つが主要な領域とされている諸分野だそうです。

水文学はないじゃないか、プンプン、ということになるのですが、
次のページにあります。

ストレーラー先生はボストン大学の地理学教員ですが、テキサスとかカンザスといった地域の先生だったら、水文学をトップに持ってくるかも知れません。

人が意識する世界が、その人が関係性を持つ範囲で決まってきます。
5 ストレーラー先生によると自然地理の二つの主要な応用分野が、水資源学と災害です。応用、と来ましたね。まあ、物理学や化学の応用かも知れませんが、アメリカ人は世界を物理で解こうとする精神があるような気がします。ヨーロッパ的あるいは日本的な地理学だったら、様々な要素の関係性を明らかにしながら、地域ごとの特徴を明らかにする野外科学(フィールドサイエンス)という認識が強いと思います。

写真は1980年代後半にタンザニア中央部で撮影した写真です。地面に穴を掘り、濁った水をくみ上げていました。周りのアカシアは牛を入れないための柵です。子供たちも今ではおじさん、おばさんになっているはず。どんな暮らしをしているだろうか。
6 この写真からわかることはなんでしょう。川が流れています。その河道形態は網状流です。ということは、河床を構成する物質は礫です(砂や泥ではなく)。

これは河川の中流の特徴で、地形的には扇状地に相当します。植生が見当たりませんが、植生が成立する気候ではないのか、あるいは河道の変遷により植生が成長しないのでしょうか。

水の色は青灰色です。これは水に細粒物資が含まれ、青色の光を散乱させていることを意味しています。このような特徴を持つ河川はどこにあるでしょうか。

氷河の融氷水ですね。水文学の知識、経験に基づき画像を判読して、その土地の性質を読み解く。これが環境リモートセンシングの基礎です。
7 水文学が扱う淡水は貴重で乏しい資源です。この感覚を持っていますか。淡水は水道の蛇口をひねると出てきますが、それはコストと技術の賜なのです。

水文学の知識として何を知っておかねばならないのでしょうか。
・降水がどのようにして渓流や河川水、そして湖沼を育むのでしょうか。
・地下水はどこから来たのでしょうか。どのくらいの時間をかけて、どこに流れていくのでしょうか。
・洪水は恵み、それとも災い?
・都市化は水の流れにどのような影響を及ぼすのでしょうか?それは災いですか?
8 アラル海の話をしましょう。アラル海は内陸流域で、流域の水利用により流入がなくなり、ほとんど干上がってしまいました。失われた環境は取り戻せるのでしょうか。

ストレーラー先生の教科書のコラムでは、環境を保全する活動が進んでいる書かれていますが、現実はなかなか難しいようです。

お隣のカスピ海では水位は上昇しています。なぜでしょうか。アラル海とカスピ海の流域はどこですか。そこはどのような気候ですか。どんな人間の活動が行われていますか。

このような地理学的観察により、事象を理解することができます。アラル海の東に広がる流域は乾燥地域ですね。カスピ海の流域は?
9 この写真の景観は日本人だったら馴染みのあるものだと思います。おそらくアメリカ東部、アパラチアあたりの渓流ではないでしょうか。ストレーラー先生はボストンに住んでいますので。

世界の大半は乾燥・半乾燥地域です。そこでは水は貴重な資源、命の水です。同じ水を巡り、それが呼び起こす感覚は世界のいろいろな地域によって異なっています。ここを理解することがグローバル化だと思います。
10 よくお目にかかる水循環の模式図ですね。水は地球の表層を循環しています。そこには様々な素過程、降水、蒸発、表面流出、地下水、...があります。

この図はあくまで模式図であることに注意。良く見ると地形も変ですし、水の流れを示す矢印も概念的に移動の方向を示しているだけです。

よけいなことかも知れませんが、最近は自然を概念的にしか理解できない人が増えているように思います。地理学や地球科学はフィールドサイエンスであり、体験し、感じることが一番大切だと思っています。
11 地球における水のフロー(流れ)とストック(貯留)を模式的に示した図。数字をよく読むと驚き、感動を感じませんか。

河川流出は相対的に小さいのに、私たちはここから多くの水資源を得ています。それは河川が流れているからです。行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず。

地下水のフローは極めて小さいのに、乾燥・半乾燥地域では主要な、あるいは唯一の水資源となって人の暮らしを支えています。それはストックが莫大だからです。だから、資源の減少がなかなか顕在化せず、気が付いたときには遅すぎるかも知れません。

リモートセンシングで、何を明らかにすれば良いでしょうか。例えば、都市化、農地化の状況から水使用量を推定することもできるかもしれません。
12 ヨーロッパや北米東部の方が書いた教科書には、こんな地形が描かれることが多いように思います。それは氷期に氷床に覆われたハンモッキー・タレイン(氷河地形としての波丘地)の住人の意識する世界かも知れません。

さて、水文素過程がたくさん書かれています。浸透は地表面を通過して水が移動すること、浸潤は地中を水が降下浸透すること、流出は水が河道を流れる現象です。

表面流は土壌の浸透能を上回る降水により、浸透できなかった水が地表面を流下する現象です。

1980年代、物理的水文学を指向する流れがあった時期がありました。蒸発と蒸散は別の現象だから、分けて記述しようとしましたが、両者を分離して計測することが困難であるため、現在では再び蒸発散という用語が使われるようになっています。
13 これも欧米人が書きそうな景観です。地表面下には土壌水体があり、その下は不飽和帯です。さらに地下には水で飽和した地下水があり、飽和帯と不飽和帯の境界が地下水面です。地下水面は、ここでは湖水面と繋がっています。

科学を語るときに用語には厳密な定義が必要です。ただし、水文学は必要に迫られて複数の分野で発展しhたため、同じ現象に対する用語が分野によって異なることもあるので注意してください。

実は、Soil-water beltという呼び方はあまり一般的ではないように思います。植物や作物が利用する水分が含まれるという土壌層位という意味は農学ではあります。
14 地下水面というのは実感することが難しい仮想的な面です。開放井戸(今はあまり見られなくなってしまいましたが)を除くと水面が見えますが、それが地下水面の位置と考えて良いでしょう。

厳密には圧力水頭がゼロである面を連ねたものが地下水面ですが、それは発展的課題として地下水の基礎に関するリンクをホームページに掲載しておきますので、参照してください。

地下水面は静的な面ではなく、そこに到達する水と、そこから地下水の循環へと旅立っていく水の流れ(フラックスといいます)の動的平衡によって形成されます。
15 人間が利用できる地下水が含まれている地層を帯水層といいます。この図のような概念図で説明されることが多いのですが、現実はもっと複雑ということだけ頭に入れておいてください。

この図のモデルはオーストラリアの大鑽井盆地です。オーストラリアのハーバーメールさんの放射性塩素(Cl36)を使った研究によると、その滞留時間(地下水年代)は100万年近くまで達します。地下水の流れの中に、第四紀の気候変動も記録されています。

大鑽井とは自噴井のことですが、灌漑のための地下水利用によって地下水位は大分下がっています。
16 大鑽井盆地と同じような地質構造が千葉県にあります。上総総群、下総層群の単斜構造(将棋倒し構造)です。砂泥互層がきれいに東京湾に向かって傾斜しています。

地下水は砂層の中を傾斜方向に向かって流れるでしょうか。否。地下水が流れるためには出口がなければなりません。出口は流域で一番低い(水頭が低い、といいます)東京湾です。

地下水は透水性の低い泥層も通過して流動します。泥層の上下で圧力差が大きくなり、泥層といえども水分子より大きな空隙を持っているからです。これをHydraulic continuityといいます。
17 日本では大規模なカルストは地域が限られていますが、諸外国では広大なカルストが存在し、石灰岩の中の水循環はカルスト・ハイドロロジーとして一つの分野を形成しています。

日本では秋芳洞が有名ですね。右下の写真はベトナム、ハロン湾の鍾乳洞です。色とりどりの照明で照らされ、観光客は勝手に柵を乗り越えて入り込んでいましたが、日本とは大分感覚が違うなぁと思いました。
18 有名な桂林のカルストタワーです。

このようなところに暮らしていると、何か神秘的な存在を感じてしまうでしょうね。こんなことを言うと科学的ではないと思う方もいると思います。しかし、人の精神面も含めた人と自然の関係性は人文社会分野では、人の考え方や、環境問題への対応を考える時の重要なよりどころです。

理工系と人文社会系との融合は環境理解のために必要なアクションだと思います。乗り越えられますか。
19 地下水を利用するためには、井戸を掘ります。水中ポンプを井戸の中に設置して揚水すると、井戸(管をケーシングといいます)の中の水位が下がり、周辺に大きな水頭勾配が発生します。

ケーシングの中の水位を下げることによって、地下水をくみ上げることができますが、水位の低下が様々な問題を引き起こします。

代表的なものが地盤沈下です。そのほか、広域の地下水位低下による水資源量の減少、河川流出量の減少、等々たくさんあります。
20 中国、華北平原を例として、地下水問題を考えます。

右上の写真は小麦を灌漑する井戸の突出口です。この井戸は50年前は地下水面は地表面近くにありましたが、今では40m以上の深さになってしまいました。

かつての地下水の状況は、パール・バックの「大地」の第1巻、最初の情景を参照してください。
21 北京は中国の首都ですが、深刻な水問題に直面しています、この図は北京の東西断面における地下水面図です。

そのため、中国では北緯32度の漢江から北緯40度の北京、天津まで導水する南水北調プロジェクト(中線)を完成させました。
22 もともと、北京の水道水源は密雲ダムと官庁ダムでした。北京に立地する工場を郊外に移転させたため、官庁ダムの汚染が進み、水道用水としては適さなくなってしまいました。

だから、南水北調が必要だったわけです。しかし、大都市郊外の農村では広域水道があるわけではありません。地区ごとに井戸を掘り、給水塔で各戸に配水しています。一方、地下水位は下がり続けている。

この問題は北京だけの問題ではありません。大きな河川のない、乾燥、半乾燥気候では世界で生じている問題です。地下水は貯留量が莫大ですので、まだ少しの間は何とかなるかも知れません。しかし、その後はどうなるでしょうか。今から考えておく必要があります。
23 左の画像は前のページの画像から作成した“植生指標”の画像です。白い(黒い)ところが植生(作物)の生育が活発(活発でない)なところです。右の図は平原の浅層地下水の塩分濃度です。

この二つの図は良く似ていると思いませんか。塩分濃度の高い地域では、植生指標が低くなっています。中央のカラー図はやはり干ばつ年であった1992年のトウモロコシの生産量分布ですが、植生指標の低い部分と、生産量の低い部分(赤)はよく一致しています。

生産量が多い(青い)地域は河北省の省都である石家荘の辺りです。
24 華北平原の浅層地下水の塩分濃度が高い地域は、後氷期(最近の1万年間)に渤海湾が埋め立てられる過程で残された海水と考えられたこともありました。そうだとすると、いずれ淡水になるはずです。さて、そうなるでしょうか。

この図は華北平原の地形分類図です。左縁の太行山地の山麓には扇状地が形成されていますが、北京や保定といった古い都市は扇状地の地下水を利用できる場所に建設されました。

平原の中には旧河道(黄色)が何本も走っていますが、これらは黄河の旧河道です。春秋戦国時代には黄河は天津付近で渤海に注いでいました。旧河道は周辺より若干標高が低くなっています。よって地下水が流出し、蒸発するときに塩分を残していきます。

扇状地の前面も地下水が湧出してくる場所で、蒸発により塩分が集積しやすくなります。
25 となると、浅層地下水の高い塩分濃度は現在の水循環の元で形成されていることになり、いずれ脱塩されるわけではないことがわかります。

衛星画像からは植生(作物)の状況がわかりますが、なぜ、そのような分布になるのか、ということは様々な情報を重ねることによってわかってきます。

このような複合的な観点による考察が、“環境リモートセンシング”の手法なのです。複合的な視点を持つこと、大学で身につけてほしい習慣です。
26 最近は気候変動がますます重要な地球的課題として取り上げられるようになりました。ベネチアでは大潮のときにサン・マルコ広場が水没します。

これは地球温暖化に伴う海水準上昇が主要な原因でしょうか。ベネチアはアドリア海に面する干潟に建設された都市です。地下水の利用が盛んで、揚水に伴う地盤沈下が昔から深刻な課題になっています。

この地盤沈下の要因の一つに気候変動を挙げることはできますが、干潟の土地条件(土地の性質)の理解、地域性に合わせた土地利用のあり方、といった側面を重視することが必要だと思われます。
27 地盤沈下は日本では典型7公害の一つとして定められており、行政は毎年水準測量の結果を公開する必要があります。しかし、測量では面的な状況はよくわかりません。

地盤沈下は合成開口レーダーを使って観測することができます。2時期の画像を干渉させることにより、標高を計測したり、経時変化を求めることができます。

この図はリモートセンシングによって得られた千葉県東部の地盤沈下の状況です。千葉県ではまだ地盤沈下は止まっていません。天然ガスがエネルギー資源として使われており、ヨードの生産も行われているからです。

観測した地盤沈下の状況を社会に役立てるにはどうしたら良いのでしょうか。それは市民、企業、行政等が協力して問題の理解と解決について相談することです。研究者、技術者が情報を提供すれば、誰かが問題解決のために役立てるわけではない。問題解決とは協働による長い歩みの先に見えてくるものなのです。
28 地下水は貴重な淡水資源です。乾燥・半乾燥地域ではまさに命の水といえます。しかし、目で見ることはできません。そのため、水資源が多い地域では不適切な土地利用によって地下水は簡単に汚染されてしまいます。

千葉県の地下水の水質の状況をホームページで調べて見ましょう。千葉県だけではなく各市町村も測定を行い、公開しています。情報はすであり、担当者の努力で維持されているのです。今まで知らなかった情報を見つける力を身につけてください。

日本はせっかく地下水が豊富なのに、汚してしまうと長期間にわたって使えなくなってしまいます。高度は配水システムで遠くから運ばれてくる水道水を持続するにはどのような努力がなされているか、知る必要があります。
29 地表水は眼に見えますので、わかりやすい水資源ですね。でも、山地に降った雨がどのようにして河川水になり、私たちのところに届けられるのか、わかりますか。

降水から河川水を繋ぐプロセスを研究する分野が“水流発生機構”です。斜面と渓流の間には様々なプロセスが存在します。

水流発生機構は気候によっても異なります。乾燥地域におけるスコールは一時的に激しい表面流(ホートン地表流)を発生させ、侵食を引き起こしますが、日本のような湿潤地域では、ほとんどの降水は地下に浸透します。しかし、森林の管理によっては表面流が発生し、侵食や洪水を引き起こすことがあります。

このような現象を知ることにより、リモートセンシングの応用の可能性がわかるようになります。何を見たら、目的にアプローチできるのか。
30 “行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず”。鴨長明の方丈記の出だしですね。下鴨神社に方丈庵のレプリカがありますが、鴨長明は下鴨神社を追い出され、方丈庵は伏見で営まれたのですけれどね。人生...

川の流れの基本的な性質を学びましょう。流量は一般的には断面ごとに流速計で流速を計測し、断面積を掛け合わせることによって求めます。今は超音波ドップラー流速分布計(ADCP)という新しい方法が出てきていますが、一般的には流速-断面法です。

研究を行うときには、自分が使っている観測値を求めた方法と、その精度を知る必要があります。これは研究の作法でもあります。
31 卒論、修論で水路の流速を計測しているところです。

まず、断面形状を計り、断面を分割し、各断面の中心の6割水深で流速を計ります。そして、断面ごとに[断面積]×[流速]で流量を求め、積算して全体の流量を求めます。

数値だけをもらってきて、盲目的に信頼して使ってしまう技術者や研究者にならないようにしてください。
32 流域の本流、支流の流路の織りなすパターンを水系網といいます。水系網には実に驚くべき美しい幾何学的関係があります。ホートンの法則、ホートン-ストレーラーの法則などと呼ばれます。調べればすぐにわかりますよ。

自然とは複雑なものなのですが、実は単純な関係に支配されることもるのだなぁと感嘆しませんか。この様な感覚が自然観を形成していくのではないかなと思います。

知識を得れば、何でも解けるわけではなく、自分なりの自然観を形成することで、初めて先に進むことができるのです。
33 同じ大きさの流域面積を持つ河川でも、気候によって流量は異なります。アメリカの河川の例を示しましたが、下に日本の河川の年流量(m3/2)を示しました。

流域面積や年降水量などを調べてアメリカと日本の河川の流量を比較してください。単位面積あたりの年間の流出高(比流量)で比較するとどうですか。

その違いは何に起因するのでしょうか。気候だけでなく、地形、植生、土地利用が関わっているかも知れませんね。それはリモートセンシングでもわかります。
34 降雨-流出関係を表したグラフがハイドログラフです。特に短期の流出である洪水のモニタリング、解析に使われます。流量は計測が難しいので、災害対応では水位が用いられます。

例えば、千葉県の防災情報を見てください。特に大雨の時に見ると、どの地域の河川の水位が上昇しやすいか、わかります。

大雨時には誰でも降雨と水位の経過を知り、自身の避難行動に役立てることができるはずですが...
35 長期の流出現象にもハイドログラフは重要な情報を提供してくれます。この図は10月から翌年9月の一年間の流量の変動です。なぜ10月からか。日本では暦と同じ1月から12月のハイドログラフが表示されることが多いのですが、これは主に太平洋側では冬が乾季で降水が少なく、梅雨や秋の台風シーズンが雨季となり、一年のサイクルをうまく表現できるからです。これを水年といいます。日本海側は冬に降雪が多いので、太平洋側とは異なる水年が適しているかも知れません。

この図では1月から4月あたりの流量が多いようです。基底流量(base flow)はこの時期が多くなっています。この情報は水資源計画にとって重要な情報となるでしょう。

この地域はどこだろうか。北半球の冬季に降水が多いようですので、地中海式気候の地域かも知れません。

また、降水に対応して流量の増加、その後の低減が見られます。降水に対応した流量の増加の仕方、低減の早さには流域の地質、地形、植生、土地利用が反映されています。ここから流域の特徴を類推することができます。
36 日本の代表的な河川、利根川の布川(木下付近)におけるハイドログラフです。基底流量の季節変化が少ないのですが、上流に建設されている多数のダムの効果かも知れません。

7月から10月に流量のピークが見えますが、梅雨や台風の降雨に対応しています。

日流量を多い順に並べ直し、最大日流量から95日、185日、275日、355日の流量は流域ごとに異なり、地域ごとの流出特性を表す指標になっています。これを流況といいます。

コンクリートでできた流域、スポンジでできた流域を想定すると、流況はどうなると想像できますか。
37 現代の流域は人間活動によって大きな変貌を遂げています。その代表的なものが土地利用変化、特に都市化でしょう。

2019年の台風19号は1958年の狩野川台風と比較されることが多いのですが、狩野川台風では都市化が進む東京郊外の都市域が浸水被害を被り、初めて“都市型洪水”という呼び方が使われました。

都市型洪水に対応して、様々な治水施設が建設されています。都市に住むということは、多大なコストをかけて守られているということでもあるのです。

首都圏外郭放水路は何を守っているのでしょうか。左下の地図は真間川の浸水実績図です。駅名でいうと市川、本八幡です。
38 洪水は普段より流量が多い状態をいいます。人の暮らしが脅かされると水害になります。

水害は主に沖積低地で起きる事象です。なぜならば沖積低地は川が変遷を繰り返しながら平野を形成している場所であり、川は自分の使命を忘れたわけではないからです。沖積低地の地形を知ることは水害の可能性を知ることにつながります。

東京下町低地では、埼玉県方面が氾濫原、中川、荒川低地は三角州、そして東京湾近くは近世以降の埋め立て地です。中川はかつての利根川でした。荒川下流は明治になって新たに掘削された放水路です。

東京を水害から守るためにはどうしたら良いか。江戸川区のハザードマップを調べてください。-ここにいてはいけない!-
39 湖沼も水文学の重要な対象です。特に閉鎖性水域(循環が活発ではない水域)は汚染の問題が深刻です。千葉大学近傍では東京湾、印旛沼があります。

都市近傍の閉鎖性水域には海跡湖が多く、高度に利用されているため、汚濁物質の付加も多く、水質が改善されません。そのための取り組みが30年以上にわたって行われていますが、まだまだ遠い道のりです。

SDGsやFuture Earthの実施段階となった現在、科学技術主義を乗り越えて、協働により水域の価値を高めることにより、水域を保全しようとする活動が活発になってきています。“いんばぬま情報広場”で検索してみよう。
40 私たちが恩恵を受けているのは身近にある水だけではありません。遠く離れた上流域に建設されたダムによって流量を平準化し、下流における取水の権利を得ています。千葉県も八ッ場ダムや湯西川ダムの建設中から暫定水利権を得て、建設負担金を支払っています。

遠くの水と私たちの暮らしは密接に繋がってるのです。千葉大学の水道水(県水)は西印旛沼で取水され、犢橋浄水場、園生ポンプ場を経て、配水されてきます。印旛沼にも利根川の水は入っています。
41 リモートセンシングの対象としても世界の大湖沼について知っておく必要があります。この図は北アメリカの五大湖の諸元を示しています。

この地域の地史、湖沼の成因、人間活動と水質汚染の歴史、生態系への影響、酸性雨、等々の知識は五大湖の水環境問題を理解し、保全の策を練るためにも必要なことです。

環境問題はあらゆる要因が積分されて発現します。個別の要素技術だけでは理解さえできません。これからの時代は総合的、包括的な視野を持ち、様々な要素の関係性を見抜くことができる人材が求められるでしょう。
42 乾燥・半乾燥地域における水不足問題、水汚染問題は地域で暮らす方々の命に関わる喫緊の課題です。日本は湿潤国ですが、乾燥地域特有の水文現象に関する研究は長い蓄積があります。

千葉大学でも乾燥地研究の実績はあるのですが、この知識、経験の蓄積と伝承がうまくいかなくなっているように感じます。ここですべてを伝えることはできないのですが、学生(生徒ではない)である君たちは自分で知識、経験を探り出す力はあるはずです。今はネット上に様々な情報があります。論文やテキストを探してどんどん読んでほしいと思います。
43 日本に沙漠(砂漠と同じ)はありません。しかし、砂漠化対処条約を批准したことで日本にも砂漠化という事象に対応する義務が生まれました。

水資源も重要な課題です。量的問題だけでなく、質的問題がさらに重要です。汚してしまったことにより、水があるのに使えないという状況が世界各地で起きています。

経済力で問題を解決できた時代はもう過ぎたのではないでしょうか。自然の恵みを活かし、持続可能な社会を作らなければなりません。そのための取り組みはすでに始まっています。君たちもそのプレーヤーの一人です。